FINAL FANTASY STORY


第1話−1
出立の日
The day of start

「あれぇ、カルディナ起きてたの?」
 振り向くと、部屋の扉を開けて一人の少女が入ってきたところだ。
「おかえり、ミリス」
「……まだ夜中だから寝てたと思ってたのに」
「なんだか寝つけなくて……」
「ふふ、カルディナの大切な人が帰って来る日だものね」
「そ、そんなんじゃないよ」
 あわてて否定するカルディナ。対するもう一人の少女はくすりと笑っただけだ。
 まわりは無機質な、くすんだ白い壁。その部屋の両隅に置かれた粗末な二台のベッドに大きな机。端を少し開いただけで、あとはまだ厚いカーテンに覆われている、いつも朝日が降り注いで来る窓。いつもの見慣れた、宮殿の端にある彼女の宿舎。
 カルディナ・ショーンは背中まで長く伸ばした栗色のまっすぐな髪、それと同じ栗色の瞳の、16歳という年齢からは、どちらかといえば幼い印象を残した少女だ。
 そしてもう一人、肩のあたりで切り揃えた黒い髪、それと対になるかのような黒い瞳を持つミリス。
「……もう」
 ミリスのその様子に、カルディナは膨れ面で答える。
「明日は早いのに。寝た方が良いわよ」
「寝れるならね。今は何時くらいなの?」
「まだ夜明けまで2時間ぐらいあるわ」
「2時間……」
「その様子だともう一回寝る事は無理そうね」
 ミリスはそう云うと、自分だけさっさと服を脱ぎ、下着姿になってベッドに潜り込む。
「そういう自分は寝るんだ」
「夜勤はつらいのよ。じゃ、日が出たら起こしてね。おやすみ」
「あ、うん」
 とだけ云うと、布団を被って寝てしまった。
 することの無いカルディナは、ぼ〜っと窓辺で夜風にあたりながら、壁に掛けられたカレンダーを見ていた。
 今日の日付、白洋の月2日。
 その日付の上に、赤い色で丸い印がつけられていた。
 今日は彼が帰ってくる日だ。


 ラーダ王国とカルナス共和国の国境、アイゼルドの断崖。
 はるか1000年の昔の巨大地震によって、高低差100メートルを越すほどに切り裂かれた大地。
 この断崖を中心として、ラーダ王国領の北アイゼルドとカルナス共和国領の南アイゼルドは繁栄していた。ふたつでひとつのこの町は、崖の中を通じるトンネルによって繋がっている。
 そんな一風変わった町の遥か上空を、3頭の飛竜が通り過ぎて行く。

「ウェゲナさん。本当にマイトラード帝国は攻め込んでくるのでしょうか?」
 ヒュージは出来る限りの大声で、少し前を行く自分の先輩を呼んだ。
 彼、ヒュージ・ローレルはラーダ王国では一般的な金色の髪と透き通るような白い肌の色をした、まだ少年と言っていいほどの若さである16才の騎士だ。
「進攻の事か? まあ十中八、九間違いはないんじゃないか」
 ウェゲナと言う名の、ヒュージより幾分年上、大体20才前後の騎士が答える。
 彼のその答えにヒュージは少し意外そうな顔を見せる。
 その様子を見て、ウェゲナは少し乗騎のスピードの調整をしてヒュージの横に並ぶ。
「何かおかしいことでもあるのか?」
「いえ……。そういう訳ではないんですけど、気になったもので」
 ウェゲナはつい最近正式な騎士になったばかりのヒュージの考えが逆に気になり、少し質問を仕返してみた。
「そうか。この間からずっとマイトラードがサーティスと緊張状態にあるのは知ってるよな」
「まあ、それくらいは……」
 ヒュージは曖昧に頷いた。マイトラード帝国が、サーティス側が自由国境地帯の均衡を破ったとして宣戦布告した程度の知識はあった。
「んでもって、カルナス共和国がサーティスに連動してマイトラードに圧力を掛けてるのも分かってるだろ」
「はい。それはまあ……。セレスタの国境警備隊が集結しているらしいですし」
「サーティスとの間には自由国境地帯が設けられているが、カルナス側にあたるラーダとの国境は接しているだろう。開戦が間違いないならここが最初さ」
 さすが騎士成り立てのヒュージだけあって、国際情勢にはちんぷんかんぷんなのである。ウェゲナは悩んでいる後輩の姿を見て苦笑する。
「ま、それについては分かるわけないか。
 サーティスとの仲の悪さは助かり様が無いな。それに魔道大国カルナスがついてるんだ。まともにやったら勝てないから、弱いトコから着実に、じゃないか?」
「で、ラーダですか? でもそれをしたらカルナスが怒るんじゃないですか?」
「カルナスとマイトラードなら互角だろ。サーティスが介入できる距離じゃない。共倒れはしたくないだろうから、全面衝突までにはならんだろ」
「……僕等にはありがたくない話ですね」
「まあ、な。しかし実際ケンカ売ってきてるんだからな。相手をしなくてはやられるだけだからな」
「お前達、いつまで話している。もうファルテに着くんだぞ」
 ウェゲナがさらに解説をしようとしたところと同時に、前を行く竜騎士団長、ニーベルの叱咤する声が聞こえた。
 既に前方は、聳え立つ飛竜の塔が見えていた。


「カルナス共和国からの返書を持ち帰りました」
 磨き上げられた王の間の床。一国の王の間にしてはどちらかといと質素な部屋に響くニーベルの声。
 目の前のラーダ国王を前に、片ひざをついているニーベル。すぐ後ろには、ウェゲナ、ヒュージが並んで、ニーベル同様に伏している。
 国王は今年が44歳を迎える年だが、しかしその顔は長年の国王の重責からか、だいぶ老けて見えた。
 ラーダ王国の竜騎士団の団長であるニーベルも40歳ほどだ。王とは違い、老けた様子はほとんど見えないくらいだが。
 国王は渡された返書に素早く目を通しながら、尋ねる。
「どうだ。ニーベル団長。この話を聞いた向こうの様子は?」
 名指しされたニーベルが、頭を垂れたままで答える。
「大きな動揺は見られませんでした。予想の範囲内であるようですが、ラーダ占領回避のため、既に対応を着々と進められている模様です。
 カルナス共和国のメドック評議長と対談いたしましたときにも、魔法剣士団の団長が同席しておりました。
 かの国もやはり大事として見ているのではないでしょうか」
「そうか……。分かった。御苦労だった。オズワルド以外は退出して良い」
「はっ」
 ウェゲナ、ヒュージは敬礼をして王の間を出ていく。
 騎士団長の返答に何やら思案している様子の王だったが、すぐに考えをまとめると、侍従を呼び出す。
「何かご用でございますか?」
「至急、待機中の各軍の副団長以上を出頭させろ」
「はい」
 侍従は王の命を受け、急いで部屋を出ていった。
「また戦争は避けられない、か」
 侍従の背を見ながらため息をつく王。
「国王、そう心配なさらぬことです。我々にはカルナスもついておりましょう」
 ニーベルは心配そうに言う。
「すまぬな、ニーベル。無二の親友にそういう心配をかけさせてしまって」
「お気になさらずに。今は、結局戦いに目をむけるしかないのです」


 兵舎は慌しい動きに包まれていた。
 軍議の召集がかかったのだ。本格的な部隊派遣が予想され、まもなく訪れるであろうその時に備え、各軍隊はそれぞれの準備に追われている。
 その喧騒の中、ヒュージとウェゲナの2人は宿舎に戻る道を歩いていた。ウェゲナはその騒ぎを軽く見渡して他人事のように言う。
「かなり大きくなるみたいだな……」
「ウェゲナさん、そういうこと言ってる場合ですか」
「そう気にしない方がいい。何も無理に気負う必要はないのさ」
 根がまじめなヒュージには、ウェゲナの言うことがあまり理解できなかったが、とりあえず相槌だけは打っておく。
「そういうものですか……」
「そういうものだ」
 と、何時の間にか、ヒュージ達の前に1人の男が立ちふさがっていた。
「あちゃ……」
 ウェゲナが困ったような声をあげた。その声に反応したように、男が口を開く。
「ウェゲナ、お前はまたヒュージに変なことを教えているのか?」
 それは抑揚のない声だったが、裏にかなりの怒りが混じっていることには2人ともすぐに気がついた。
 その男はヒュージ達と同じ竜騎士団の騎士、ティムズだ。
「わはは……」
 ウェゲナは両手を挙げながら笑ってごまかそうとしている。目線でちらりとヒュージの方を見る。
 助けてくれという意味なのだろうが、自業自得とばかりにヒュージはあさっての方向を向いて無視した。
「さてウェゲナ。お前がカルナスに出かける前に出しておけといった報告書、まだだったな。それにこの間の魔道士団との事についても。
 他にもまだまだいろいろあるんだが……、何か言い残すことは?」
「魔道士団との件はローディが悪い」
「分かった。
 ペナルティだ。竜舎に来い」
「ひええっ」
 逃げようとしたウェゲナはあっさりティムズに捕まり、連れ去られて行く。
「ヒュージ、お前は少し休んでていい。どうせ早いうちに召集が掛かる」
「はぁ」
「なんで俺ばっかり!?」
 ウェゲナの悲痛な叫びを後に、彼は止まっていた歩みを再開させた。


 こんこん、とドアをノックする音が聞こえた。
 来たな、と思い、ヒュージはすぐに扉を開ける。
 そこに立っていたのは予想通り、1人の少女だった。
 カルディナ・ショーン。ヒュージの恋人だ。
 今の彼女は白魔道士の制服である白のローブを着て、栗色の髪を二つの三つ編みに結っている。
「や、カルディナ」
「お疲れ様、ヒュージ」
 カルディナはにこっと笑ってヒュージに語り掛けてきた。
「まあ、上がりなよ」
 そう言ってヒュージは部屋へ招き入れた。
「ありがと」
 いつものようにカルディナは部屋へと入っていく。これもまたいつものようにいつも彼女が座っている椅子に座って、話し始める。
「ねえ、お仕事、どこに行ってたの?」
 ヒュージは部屋の小さな台所で暖めておいた紅茶とカップを盆に載せながら彼女に答える。
「カルナス共和国だよ。出掛ける前に言わなかったっけ?」
「ううん。聞いてないわよ」
「ありゃ……」
 ヒュージが困った顔をして、カルディナに飲物を差し出す。カルディナはカップに入った紅茶を啜りながら、ちょっとふくれて言う。
「もう、肝心なところが抜けてるんだから」
「ゴメンゴメン、今度行くときはちゃんと言うからさ」
「どうかしら? 前もそう言ったわよね」
 カルディナはわざとらしく言う。
 またこのパターンだよ。ヒュージは心の中で嘆く。
「……どうしたら許してもらえるんでしょう?」
 下手に出たヒュージの言葉に、カルディナはにっこりと笑う。
「今度のデート、ぜーんぶヒュージの奢りだかんね」
 財布の軽い新人騎士にはかなり痛い一言が、ヒュージを串刺しにした。


 すでにセレスタに向けて出発している騎兵団と歩兵団の副団長を除いて、会議室に各部隊長が集まっていた。
 さすがに戦争目前のため、会議室にはピンと張り詰めた空気が漂っている。
「現在、セレスタには騎兵団が2個大隊400人に、歩兵部隊が向かっている。セレスタの国境警備隊と合わせると、その数約1000人。
 マイトラード帝国側はまだはっきりとしていないが、約2000人ほどと推定される」
 近衛騎士団団長リーゲンの簡潔な報告。それに国王が続ける。
「マイトラード側には多くの人数を出していない。そのためセレスタ占拠だけを主としていると思われる。
 対する我らはラーダ王国の防衛の最前線がかかっている。
 諸君、心しておくように」
「はっ」
 全員の声が響く。
「カルナス共和国に援軍を依頼している。アイゼルド、カーネイの国境からそれぞれ向かって来るということだ」
 リーゲンがそのことを詳しく続ける。
「アイゼルドの国境からは、魔法剣士団2個中隊、魔道士団1個大隊、約500人に、多数の歩兵も入っている。
 カーネイからは魔法剣士団2個中隊、魔道士団に騎兵団がそれぞれ2個大隊向かっている。こちらは約2000人。
 今後さらに国境警備隊なども追加して増員されるとのことだ」
「……かなりの数だな」
 誰の声から分からないが、そんな呟きが漏れる。リーゲンはその声を聞き、軽く頷いて続ける。
「そう、かなりの数だ。だがこれには訳がある」
「マイトラードの首都の動きが分からない。だろ?」
 口を挟んだのはニーベルだった。
 出鼻を挫かれたリーゲンだが、ニーベルの様子をちらっと見ただけで続けた。
「ニーベル団長の言う通りだ。
 マイトラードに放った影から連絡が無い。それも全員、だ」
「恐らく国境でやられているだろう。それならもっと急いでセレスタに部隊を送るべきだか思うが?」
 またも口を挟むニーベルに対して、リーゲンが何かを言おうとしたところ、国王が言葉を切り出した。
「時間が無いのは事実だ。
 無論、この会議は最初から陣割を話すつもりだった。リーゲン、もういいだろう」
「はっ。
 では早速陣割を。
 セレスタ防衛にはさらに竜騎士団、魔道士団1個大隊ずつ、騎兵団2個大隊を派遣することとする。
 竜騎士団には他の部隊に先駆けてセレスタへ向かってもらう。
 残りの部隊はカルナス共和国からの援軍と共に首都の警備だ」
 リーゲンは居並ぶ部隊長を一通り見回す。皆の決意の宿った眼差しを受け、続ける。
「セレスタに向かう部隊の準備を優先しろ。出撃準備の終了した部隊は東のルーファウス広場へ集合。
 各部隊の健闘を願う。
 以上、通達終わり。解散!」
 忙しい準備のため、皆は会議室を慌しく出ていく。
 城は俄かに騒がしくなった。


「装備の確認を怠るな!」
「時間が無いぞ。竜騎士団は先駆けてセレスタに向かうんだからな!」
「おい、おれの相方はどこだ?」
 竜舎では出発の前と言うだけあって様々な声が行き交う。
 竜舎と武器庫を慌しく往復する騎士たち。伝令が次々と行き交うなか、甲冑を着けた竜が体を休めている。
「ウェゲナ! 各員に装備の通達はしておいたのか?」
 ニーベルの声がひときわ高く響く。
「はっ。いつもの軽鎧を中心とし、長槍と地上戦用の長剣と通達しております」
 普段はへらへらとした様子のウェゲナも、今はきちっと背筋を伸ばし、騎士らしいところを見せている。
「よし。準備が終わり次第、北の城門へと向かえ!」
 集合場所とされているルーファウス広場では体の大きい竜は行けないのだ。何千人もの人が集まっているところにのこのこと出て行っては邪魔で仕方が無い。
 ニーベルの通達をさらに全員に広げて伝わって行く。
 早い者ではすでに北に向けて出発を始めている。
 人の身長の2倍以上もの巨体が、翼を大きく打って飛び立っていく姿はやはり圧巻である。

 その騒がしい竜舎の片隅で、ヒュージはカルディナと会っていた。
「デートしようね、とか言ってる場合じゃないね」
「ううん、そんなこと気にしてないよ。たしかにデートできないのは残念だけど、今は国が大変な時期なんだもの」
 素直に言うことを聞くカルディナ。
「ごめん。帰ってきたら絶対にデートしような」
「うん、約束だよ」
 カルディナはにこっと笑って小指を見せる。ヒュージも小指を出して指切りをする。
 ちょうどその時にヒュージを呼ぶ声がした。
「お〜い、ヒュージ! 準備が出来ているんなら北の城門に行けぇ」
 ヒュージはその声を聞き、小さく肩をすくめた。カルディナはからかうように言ってくる。
「ほら、呼ばれてるよ」
「はいはい。そういえばカルディナは居残り組だっけ?」
「え? あたしも出るよ」
「じゃあこんなとこで油を売っていていいのかな」
 カルディナの言葉に苦笑するヒュージ。当のカルディナは胸を張って答える。
「あたしは白魔道士だから後方支援なの。実際に戦うわけじゃないから準備は少なくて済むのよ。
 ほらほら、ヒュージ。早く行きなさいよ」
 彼女に急かされ、仕方ないとばかりに肩をすくめてヒュージは持ち場にと戻って行った。
 表面上は明るく振舞っていても、ヒュージとカルディナ、共に実戦は初めてであるし、死との隣合わせという現実が心に暗い影を落とす。
 戦場へとむかうヒュージの後姿を、カルディナは複雑な気持ちで眺めていた。

 ほとんど準備自体は終わっていたため、自分の相棒である飛竜に飛び乗って出発するだけだった。いざ飛び立とうという所で、隣で準備していたウェゲナが忠告してきた。
「いいのか? 彼女、心配してるぜ」
 ウェゲナの言われた通りにヒュージは後ろを振り返る。竜舎の奥、準備に追われる人々からは離れた位置からカルディナが心配そうにこちらを見ている。
 ヒュージは自信を持った表情で頷き、手を大きく振っただけ。
 後輩のその様子を見ていたウェゲナだが、特にそのことについては何も言わずに飛び立っていった。ヒュージも彼について飛び立っていった。

(必ず帰ってきてね。ヒュージ……)
 ヒュージが飛び立っていってからしばらくの間、カルディナはその場で彼の向かって行った空を見つめていた。

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