FINAL FANTASY STORY


第1話−4
出立の日
The day of start

「カルバレス公ティムズ・トレヴァーン様がお見えになられました」
 天幕の外に控える見張りが伺いを立ててきた。フランシスはすぐに答える。
「おお、カルバレス公がか。お通ししろ」
 さっと入り口の天幕が開き、外から60歳ほどの、年老いた、しかし立派な軍人らしい男が入ってくる。
 ティムズ・トレヴァーン、ラーダ王国と国境を接する、カルバレス地方を治める公爵で、遥か昔、傭兵としてマイトラード帝国にやってきたフランシスをこれまで世話してきた男である。
「これはカルバレス公殿、わざわざいらっしゃって頂くとは。本来ならば私が伺うべき所を……」
 フランシスの言葉を笑って遮るカルバレス公。
「よいよい。愛弟子の出世した姿を見ることが出来るだけ、幸せなものじゃて」
「すべてカルバレス公のご指導の賜物です」
「わざわざこんな爺に敬わなくても良かろう。平素のお前が一番じゃ」
「カルバレス公、この場でそれは……」
 フランシスの戸惑う声を、カルバレス公は再び笑って流す。
「どうせ聞くものもおらんだろう」
「お師様は昔から変わっておりませんな」
「わははは。まだまだ若い者には負けるつもりはないのじゃよ」

「最近、妙な噂を聞いた」
 カルバレス公はそう切り出した。
「噂、ですか?」
「そう。しかもフランシス、お前の事についてだ」
 先ほどまでの温厚そうなカルバレス公の目付きは一転、鋭いものになっていた。その師の目を捉え、フランシスは気付かずに身を正す。
「今回の遠征、発案は皇帝ゼフェル殿と右府将軍バーミリオン・ヴェルダン殿だ。具体的な内容については、お前の方が良く知っているだろうが……。その会議の席で、左府将軍フランシス・トレヴァーンは遠征に反対をした、とな」
「……はい」
 言い終ると共に、フランシスへと向いたカルバレス公の視線をしっかりと受け止め、返す。
「先の火竜戦争の痛手からは、もう見えぬほどの復興を致しました。しかし、まだ国力の増強を図っている最中。現状のままラーダ王国、そしてカルナス共和国との戦争に突入すれば、確実なまでに東方諸国からの牽制、最悪は我らがマイトラード帝国を倒そうとする動きが出るのではないかとの事により、反対をしたまでです」
 よどむ事のなく告げる。カルバレス公は頷きながらも、意を表す。
「確かに火竜戦争の復興からは抜け出したが、国力は以前ほどではないのは確かだ。しかし、リグリート公領のルアーを代表するように、各都市では、工業の発展が著しく、物資の面では確実なまでに過去を上回っている。並びに例の研究も大詰めだと言うではないか。白、黒、黄、青の各軍隊も、十分に力を蓄え、ラーダ遠征には然したる問題も無いのではないかな」
「確かにそうかもしれません。正規軍が約2万、対するラーダ王国はわずかに3000。サーティスとの戦争が膠着状態にあるとはいえ、良くて半分が遠征に参加できるわけで、数の上では上回っているかもしれません。しかし、ラーダ王国にはカルナス共和国がおります。カルナス共和国の魔道士軍1万5000も共に相手とするには分が悪い。遠征案について、カルナス共和国との交戦は一切含まれていない。そこが問題なのです。カルナス共和国が参戦しない訳が無い」
「話によると、カルナスについては別途手を打ってあり、交戦することは無いとか」
「その手について、一切説明をされていません。だからこそ反対したのです。カルナス共和国との交戦が無いとの保証が全くないのですから」
 2人が言うべきことを言い切ってしまうと、しばらくの間沈黙が続いた。
「……まあ、皇帝もしっかりと手を考えているはず。わし等が口出しする事ではない」
「は……」
 フランシスはマイトラード式の忠誠の証、右手を左胸につける仕草をする。
「さて、わしはそろそろ戻るとするか。お前の軍の指揮を見るのは久し振りじゃな。しっかり見させてもらうぞ」
「はい、お師様こそご自愛を」


 翌朝、フランシス率いるマイトラード帝国軍2000は、セレスタへ向けて動き始めた。
 すでに日の出と共にラーダ王国への宣戦布告は発せられている。目と鼻の先には国境が、そしてさらに数km先にはセレスタの街がある。彼等の最初の制圧目標まで、黄色の鎧の軍は豹の如く、しなやかに無駄のない動きで進み続ける。
「既に宣戦布告された! もう直にセレスタが見えるぞ!」
「おおっ!」
「伝令っ! セレスタの東3kmの地点に防塁有り! 守備兵約700!」
「セレスタ市街での魔物の解放に成功したとの報告がありました!」
 斥候の報告に、馬上のフランシスは全軍へ大声で命令を下す。
「一気に防塁を突破するぞ! 第6陣形を取れ!」
「第6陣形!」
 命令を復唱する声、しばらくすると、進軍中にもかかわらず、先の尖った三角形の陣形が出来あがる。
「第6陣形良し!」
「伝令! 弓兵隊、前へ。歩兵隊、命令があるまで後詰へ伝えよ!」
「はっ!」
「先鋒ガーラ隊より! 2km前方にて敵発見!」
「全軍停止しろ!」
「全軍停止!」
 ついに、マイトラード軍はセレスタの目の前までやってきた。

 防塁では、迎撃の準備が進められている。兵は1200までに増員され、弓、大砲までも準備された。彼らは竜騎士団による先制が、魔物の騒乱により失敗したと悟ると、すぐに増強に入ったからだ。援軍の到来まで長くは無い。それまで持ち堪えるのが彼等の使命だ。
 そして、対するマイトラード軍。
 2000の軍は突撃体勢を取り、フランシスの号令一下、いつでも戦いが始められるように整えられていた。
 大きく湾曲した、三日月の型の防塁に、ラーダ王国の旗印がそこかしこに立てられている。
 黄衣騎士団のその名の如く、全員が黄色の鎧を着込み、先端の鋭い三角形の陣形に、色とりどりの部隊の旗が立つマイトラード軍。
 睨み合いからはや1刻。嵐の前の静けさとでも言うほどの沈黙が、辺りを支配していた。誰1人、声を発する者がいない。
 対峙する二つの軍の中央、街道を中心とする平原に、飄々と風がそよぐ。
 フランシスも、もう間もなくたくさんもの血に染まってしまうであろう戦場を眺めている。
 彼はそっと、手を差し出す。
 心得たように、1人の兵士が進み出る。手には皇帝より授けられた采配を携えている。
「もういいだろう。始める」
 その言葉と共に、采配を受け取る。
「はっ」
 敬礼する兵に向かい、大きく頷く。そして彼は静かに、自軍を最も見渡せる場所に進み出た。
 すっと、采配を手にした右腕を挙げる。
 マイトラード軍も、ラーダ軍もしんと静まりかえり、目に見えない緊張が頂点に達した時、
「突撃!」
 フランシスの口より、雷が疾るかのような声が発せられた。
 振り下ろされた采配の下で、マイトラード軍はセレスタへと向かって怒涛の進軍が始まった。
 後世語られるラーダ戦役。最初の戦いが、ついに始まったのである。


「全軍突撃! 突撃!」
「騎兵隊、前へ!」
 トゥ、トゥ、トゥ……
 全軍突撃の合図、太鼓の音と共に、鬨の声を上げ、黄色に輝くマイトラード帝国の軍がせまる。
「来たぞー! 十分に引き付けて弓を撃て!」
「防塁に入れさせるな!」
 ラーダ王国軍の隊長達もまけじと声を張り上げる。
「フェニックスに誓って!」
「マイトラード! マイトラード!」
「ラーダの誇りを! ラーダの誇りを!」
「ラーダ万歳!」
 士気を鼓舞し、叱咤する声が、先ほどまであれほど静かだった平原に響く。
 マイトラードの軍は、錐状の陣形を保ったまま、弓兵隊を先頭に進軍。ラーダ側は防塁内から弓での攻撃をする。
 さすがに平原を書け抜けるマイトラード軍は、相手方に魔道士がいないために重装備を採っている。黄色に輝く全身鎧に鉄仮面をかぶり、強固な盾で防御している為、それほどの被害にはならない。
 ラーダ側とて、マイトラードに比べ軽装とはいえ、防塁内で待ち構えているためにだいぶ安全ではある。無論、どちらにも不幸にも当たり所が悪かったなどして倒れていく者もあったが。
 双方の距離がだいぶ近くなると、弓兵隊は後詰に下がっていき、騎兵隊と重装兵が突出し始めた。ラーダ側も、防塁の中から騎兵団が出撃を始めた。

「先頭部隊が防塁へと到達致しました!」
「よし、中へ入ってしまえばこちらのものだ」
「ラーダの騎兵団が出撃しております!」
「騎兵隊をあたらせろ。重装兵では話にならんぞ」
「後続が続々防塁に殺到しております!」
「あまりにもぐずぐずしていると竜騎士が来る。10分やるから出来る限りの痛手を与えろ。その後、太鼓を鳴らして退却の合図」
 次々と本営へと走って来る伝令に、細々と指示を与え続けるフランシス。この時分まで竜騎士の奇襲に遭わずに済んだが、まだまだ安心は出来ない。
「好調なようだな」
 カルバレス公が言う。
「今のところ。ですが、まだ油断は出来ません」
 重装備をしている分、長時間の戦闘は出来ない。もって30分というところか。
 傭兵として戦っていたフランシスである。そのことは十分に知っている。
 フランシスの与えた指示通り、防塁を到達してきっかり10分後、撤退を合図する太鼓が響く。
 その合図を皮切にマイトラード軍は素早い後退を始める。どの兵も今進行中の戦いをさっと切り上げて、撤退していく。
 ラーダ側も、これ幸いと防塁内へと退いていく。
 ついさっきまでの戦場には、戦いの死者と、多量の血が残された。
 しばらくの間、双方で陣営の立て直しが行われる。それが終われば、今度は緊張した睨み合いが続く。


「そろそろ1刻が経つな……」
 睨み合いが始まって、それほどの時間が経った頃、カルバレス公がそう呟いた。
「兵の士気はどうだ」
 フランシスは本営で各部隊長を集めて軍議を開いていた。
「上々であります!」
「皆、次の出番を、腕を撫して待っております!」
 威勢のよい声が上がる。フランシスは大きく頷いて続ける。
「さすが、マイトラードの誇る戦士達だ。次もまもなく始める。今度こそは竜騎士団が出張って来るだろう。気を引き締めてあたれ」
「はっ!」
「次は竜騎士団の襲来を想定して、第2陣形で行く。前線から騎兵、重装兵、弓兵、歩兵とする。装備は近接戦闘用を。弓兵隊は後ろに下がり、弓では無く、弩の準備をし、竜騎士にあたれ。以上!」
「はっ!」

「セレスタ方向より、竜騎士団と思われる影を発見しました!」
 望遠鏡を覗いていた兵が叫ぶのを聞き、問い返すフランシス。
「騎数!」
「17騎です!」
「ラーダ軍が動き始めました。セレスタより到着した騎兵隊と合わせて、討って出るようです!」
「弓兵隊、準備は良いか!? 攻撃を始めろ!」
 長年、それを続けてきたかのように、ばっと采配を振り下ろすフランシス。一斉に、地響きを立ててマイトラード軍が動き始めた。
「攻撃開始!」
「前進! 前進!」
 ラーダ軍も彼等の動きに合わせるように進軍を開始している。直に平原の中央で、両軍がぶつかり合う事になるだろう。
 先ほどは点でしか見えなかった竜騎士団は、既に乗っている騎士の顔が分かるほどまでに接近していた。
「来たぞー!」
「弓兵隊、撃てーっ!」
 飛んで来る多数の石を巧みに避け、竜騎士達はマイトラード軍に、その高さから斬りつけて来た。
 フランシスの隣にいた伝令の兵も、突っ込んできた竜騎士によって、顔面を真っ二つにされる。
 飛竜が描け抜けるや否や、今度は騎兵隊が突撃してきた。
「迎え撃て! 竜騎士は弓兵隊にまかせろ!」
「フェニックスに誓って!」
「突撃! 騎兵隊、突撃ーっ!」
「ラーダの誇りを!」
 再び、平原は騒乱の渦に巻き込まれていった。

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