第2話−1
嵐の日
Tempestuous day
| ミズガルズの誇る、最大の魔道師達の都がある。 世界でも数少ない共和制国家、カルナス共和国。その首都フォンである。 国会議事堂として使われ、今も荘厳華麗な姿を誇るカルナス城。 世界中の魔道師達が留学を希望する、王立魔法学院。 組織に加わることで初めて一人前と見なされるほどの、大陸魔道師同盟の本部。 他にも、類を見ないほどの大規模ギルド、大陸最強を自負する軍隊であるカルナス魔法剣士団…… ありとあらゆる人と物が、この都市にはあった。 この都市を歩いて、一番目立つのは、やはりその魔道師の多さだろう。 国に仕える魔道士、病院で働く魔道師、旅から旅へと渡りつづける魔道師。 上流階級の家庭教師で生計を立てていたり、同盟に加わらない潜りの魔道師、中には見習いも、魔法学院に通う生徒までも。 それこそ視界に魔道師がいない時はないほどである。 約600年前の統一帝国崩壊時、再び始まった魔道師狩りから逃れるため、魔道師達を集め、この国を作った建国王ワイマール・オーランより、この国は魔道師の国として定着した。 100年程前には、魔道士達と相反し、権力集中を謀った王もいたが、支持者を失い革命により磨羯の月の冬空の元に散って行った。その時が、王制から共和制へと変わった日である。 今も魔道師と分かったら、あっという間に袋叩きに合い、殺されてしまうような土地もある。そのような場所から比べれば、この町はそれこそ魔道師の楽園のようなものであった。 世界に名を馳せる魔道師達をいくつか挙げてみよう。 遠く東方にある秘境の国レガの指導者、ハン・ルイ。 レムネジア海西の大国アルトゥールの魔道王、イクセリア・ターロ。 カルナス王立魔法学院の学院長、ハロルド・レーガン。 他にもカルナス評議会議長メドックや魔法剣士団の女性副団長ユリア・ハーツなども有名だ。 そのそうそうたる顔ぶれの中で、誰もが一番に挙げるのが魔法剣士団団長だろう。 魔法剣士団団長には、ただ天性の魔道の素質だけでなれるわけではなく、剣技を初めとした戦技、戦術知識、統率力、さらには国際政治の場に立てるだけの知識や判断力等、人並み外れた能力が要求される。それだけに、その座に着く人物は世間から非常な注目を集める。 現在の団長はわずか19才のアルカディア・フィート。史上最年少の18才で、世界最強たる魔法剣士団団長に就任したアルカディアは、今や世界の若者達の羨望の的となっている。 「やっぱり彼、だったの?」 カルナス城内に割り当てられている部屋に入ると、開口一番に彼女はこう云った。 「ああ、昔の面影もしっかりあってね。セイリーも見れば分かるさ」 そう答えながらアルカディアは部屋の中央にあるソファー――非常に極め細やかな意匠の施された、一見して高価なものと分かる物が、テーブルを中心に円形に配置されている――の一つにどっと腰を下ろす。セイリーと呼ばれた女性も彼のすぐ隣にに腰掛ける。 アルカディアは黒髪の細身の体付きをした19歳の青年だが、その実世界最強の呼び声が高い、カルナス共和国魔法剣士団の団長をこの若さで務める、天才と呼ばれる魔道士だ。 セイリーは、美しい栗色の髪をした、少女とも云える年の女性。今年で19歳になるが、彼女もカルナス共和国では非常に有名な魔道師の1人である。 彼ら専属の小姓がすぐに飲み物を前に置き、下がっていく。 「そんなに……。でも元気で良かったじゃない」 「うーん、そうとも云えないかもな。ラーダの竜騎士団か。この先どうなることかね」 「ああ……」 としか彼女は云わない。アルカディアの妻として何度も国際政治の場に立っている。現在の世界情勢は十分に理解しているのだ。 「しかしどうするんだろうね、むこうは。長期戦に持ち込んで和平にで有利な決着でも望むのかな」 「マイトラードのこと?」 「ああ。まあ、とにかく出動は決まってるんだ。先遣隊は今夜にでも出発するし、魔法剣士団も召集をかけているところだしね」 「あなたはそれと同時に出発することになるんでしょうね」 「その予定だよ。大きく情勢が変わらない限りね。ユリアを副将として連れていくよ。さすがにセイリーは連れていけないけど、留守部隊に関して、君の世話になるかもしれないな」 「うん、分かったわ。……増援が必要になるかしら」 「総力戦にならないと思うけどね。セイリーは魔法剣士団の所属じゃないけど、指揮経験があるから任せられるよ」 アルカディアがからかうように笑う。 「もう。指揮は1回だけよ。それに演習中に特別な理由で代わっただけ」 「そう? でも評判は良かったよ。なかなか的確な指示を……、おっと」 言葉を遮るように部屋の扉がノックされた。アルカディアの「入れ」の声に、小姓が一人入って来る。 「どうしたんだ」 「メドック議長からの伝言です。北部ウィンタスト自治領より使者が到着、会談中であり、アルカディア将軍並びにセイリー導師に至急東宮第3会議室にお越し願いたいとのことです」 名前が挙げられ、意外そうな顔のセイリーが聞き返す。 「私も?」 「はい、アルカディア将軍、セイリー導師の御2人とのことです」 政治の表舞台の経験はあると云っても、結局はアルカディアの補助であるため、そうそう出番があるわけではない。呼ばれる理由も無く怪訝そうなセイリーを置いて、アルカディアが頷く。 「わかった。すぐ行くと返事しておいてくれ」 「はい」 小姓が出ていくと、早速セイリーが口を開く。 「なんで私も?」 「学院の研究生で、アルカディア将軍のパートナーとなれば、いろいろお仕事はあるさ。さ、行くよ」 その東宮第3会議室。 「アルカディア・フォルン将軍、セイリー・フォルン導師をお連れしました」 奥に座る初老の紳士が鷹揚に頷く。 「うむ。ご苦労」 アルカディア達が導かれるままに会議室に足を踏み入れる。 四角に並べられた会議室の机、一番奥の議長席に座るのは、カルナス中央評議会議長メドック・オーウェン。右側には官房長官、北部開発担当大臣、それに国境警備隊の指揮官か。それぞれの後ろには書記官や秘書がいる。 左側は空席――ついさっきまで人が座っていた形跡があるが――だが、最も手前に興味深い人物がいた。部屋に入ってきた彼らを一瞥しただけだが、ゴブリン族たる特長ある顔。 「2人ともわざわざすまない。だが君達の知識が必要でね。まあ座りたまえ」 「はい」 指し示される空席に着く2人。 「まずは紹介しよう。バードゥ殿、こちらの青年がカルナス魔法剣士団団長アルカディア・フォルン将軍だ。そしてもう1人が将軍の妻であり、助手であるカルナス王立魔法学院の上級魔道師、セイリー・フォルン導師だ。こちらはウィンタストよりお越しのバードゥ・コル氏だ」 メドック評議長の紹介に合わせて軽く会釈をする。それを確認すると、再びメドックが話を再開した。 「すぐに本題に入ろう。北部ウィンタストにて、魔物が大量発生する事件が起きている。まだ被害は出ていないようだが、今後このままの状態が続くと極地の事ゆえ満足な狩りが出来ずに飢餓が発生するやもしれん。バードゥ殿、申し訳無いが、今一度状況を説明してくれぬか」 「ええ」 そう云うと、彼は軽く身じろぎをし、静かに語り出した。 「最初はちょっとしたことでした。我々が≪聖地≫と呼んでいる、幻獣が住んでいると云われる場所があります。極寒の地にも関わらず、凍りつくことのない湖が中央にあり、周りも草木が茂っています。薬草が取れることもあって、時折村の者が行く場所です。 ……一月前の事です。その聖地で村の者が魔物に襲われました。幻獣がいるといわれる所為か、普通なら魔物は絶対に寄りつかない場所です。すぐに村の戦士達で討伐に出たのですが、その時は村の者を襲ったと思われる魔物一匹しか居らず、迷って入り込んだのだろうという話になりました。ただ、凍ることのないはずの湖が、理由は分かりませんが凍結していました。 その後しばらくは何事もなかったのですが、半月前、再び聖地に魔物が出現しました。すぐに討伐隊が出発し、戦士として私も同行しました。しかし、聖地までたどり着くことは出来ませんでした。聖地のいたる所に魔物が溢れ、その数は50や100では数えきれないほどで、まったく先に進むことが出来なかったのです。 その後、我々ゴブリン族だけでは掃討が不可能と判断され、戦士たちは村を守ることを最優先とすることになりました。とはいえ、長期間その状態でいることは小さな村には不可能です。そのため友好関係にあるカルナス共和国に援助を求めることになり、私が派遣されてきた次第です」 彼の話が終わると、会議室内に沈黙が漂った。室内の人物すべての視線が、アルカディアに向けられている。 「ふむ……」 視線に促されるように、彼は深く考え込むように腕組をしながら口を開く。 「ウィンタストの聖地の話は知っています。 「はい……」 「半月前、遠征した時はどうだったか、分かりますか」 「いいえ、聖地に入ることは出来ずじまいでしたから」 「遠征時、聖地に変わったことは見られましたか? 例えば付近の草木が枯れていたとか」 「そこまでは分かりません。ただ、聖地の周りでも、いつもより雪深い印象がありました」 興味深げに彼の目が輝く。 「ほう。では、出現した魔物の種類、分かります?」 「ええっと、一月前はウィンターウルフと聞いています。雪原ではとてもポピュラーな魔物です。半月前はイエティ、ビッグフット、スライムなどを確認しています」 「 「いえ、さすがにそこまで強力な魔物は確認できませんでしたが……。そんなのが出て来られたら、我々は為す術がありません」 「魔獣と魔物……か」 「なにか分かったのかね」 評議長が尋ねてくる。アルカディアは首を傾げながら、 「まあ少しは。やはり幻獣がからんでますね。そうそうイエティやビッグフットが大群をなすことはありませんからね」 「国境警備隊を出すべきでしょうか」 居合わせていた指揮官が云う。 「ホワイトウィルムの相手となると、国境警備隊では難しいかと。ウラに駐屯している魔法剣士団を使いましょう。彼らはラーダ方面には出ることは出来ないでしょうから」 「ホワイトウィルムが現われるということですか」 警備隊の指揮官は、アルカディアがさらりと強力な魔物が出ると云ったことに面食らった様子だ。 「まあ断定は出来ませんがね。評議長、今後の展開を予測するために、資料等を持って来たいのですが、時間はありますか」 「ウラの魔法剣士団の出動にどれくらいかかる」 「寒冷地ですので、準備に1日はかかりますが」 「ふむ。仕方あるまい。それに、もうじき日も暮れる。明日の昼に再び集まることとしよう」 |