第2話−4
嵐の日
Tempestuous day
| 「倒しても倒してもきりがないな……」 また1匹、血気はやった魔物がアルカディアめがけ突進して来る。 すでに付近は血の海となっている。さっきからここで6匹、魔物を倒している。まだ奥には同じ魔物の影が見える。 からだをすっと半身ずらし、相手の腕の振りをぎりぎりでかわす。隙の出来たところを構えたルーンブレイドで思いきってなぎ払う。 ズバン、という音と共に、辺り一面に鮮血が撒き散る。 「奥には5匹……か。人はいないだろう。一気に行くか」 構成を編もうとしたところに、そのうち2匹が一斉に飛び掛ってきた。 「ちっ……」 1匹目は先ほどと同じ様に半身をずらして避ける。直後に2匹目のその太い腕がアルカディアめがけ振り下ろされる。 とっさに彼は左足を軸に回転し、相手の懐に飛び込み、いつのまにか逆手に持った剣をその魔物の胸に深々と刺し込んだ。 すぐに剣を抜き、前の魔物に向かって走り出す。胸を刺された魔物が、ドウ、という地響きを立てて倒れる。 振り向きざまに降り回される腕。勢いはころさずに滑り込んでかわし、足を思いっきり伸ばして跳躍する。ちょうど魔物のすぐ目の前で。 下腹部から肩にかけて、ルーンブレイドが一閃する。血を迸らせながら倒れる魔物の前方に着地するなり、背後――残りの魔物のいる方を向き、組みあがった魔法を発動させる。 「 ごぅ、という冷気の風が一瞬に宮殿の廊下を駆け抜ける。その風は、空気中の水分を一瞬の内に凍らせ、大きな氷の粒に成長し、最後には鋭い槍となって魔物の群れの中へと降り注ぐ。 全身に突き刺さっていく氷、容赦なく叩きつけられる氷塊に、体中は傷だらけとなり、そして冷気に体温を奪われ……。 風が止んだ時には、すべてが終わっていた。目標の方向にいた魔物はすべて息絶えていた。 アルカディアはただ無表情にふう、と息をついただけで、倒れた魔物達の側を走り抜けて行った。 全員で逃げているはずだったが……。 いつしか彼女達の周りには3人しか人がいなくなっていた。 見渡す限りの魔物達。すでに他の人達は、すべてはぐれるなり殺されるなりで別れてしまっている。今は動くこともままならず、壁を背にしてただ救援を待って戦うだけだ。 「バードゥ下がってて」 「おれはこれでも戦士なんでな」 周りは完全に囲まれている。レッドパンサー、グリズリー、ミノタウロス、フロータイボール、ガーゴイル…… 突っ込んできたのはレッドパンサー。セイリーとバードゥを守る形で構えている聖騎士が相手をする。数合やりあえば、すぐにレッドパンサーが首を討たれたが、すぐに新手が飛び出して来る。 「セイリー殿、長くは持ち堪えないですよ!」 「分かってるわ、フレリック! でもそれしか方法は無いのよっ!」 フレリックと呼ばれた聖騎士も、はい、と頼りない返事を返しただけだ。 直後別の方からフロータイボールが飛んで来る。セイリーをめがけていたようだが、目ざとくバードゥが見つけ、気合一閃、正拳で吹き飛ばす。 「きりがないわ。みんな、魔法使うから気をつけてね」 「は、はい」 なおも新手のグリズリーと打ち合っているフレリックが叫ぶ。セイリーは意識を集中して、出来るだけ急いで構成を編み始めた。効果が大きい魔法ほど、構成が複雑なのは当たり前で、学院の生徒で、構成をどんな状況でも素早く編む訓練を積んだセイリーでも、どうしても時間がかかってしまう。 ガギン、とフレリックの剣がグリズリーに弾かれる。痺れて武器を取り落としてしまう隙が出来た。 「避けろっ」 バードゥのアドバイスになんとか身を退いたフレリック。彼が元いた場所に、魔物の強烈な一撃が振り下ろされた。振り下ろした隙を見て、そのグリズリーの顔面をバードゥは回し蹴りで攻撃する。 それがかなり効いたのであろう、叫び声を上げるグリズリーに、体勢を立て直したフレリックが剣を持ち直して突撃する。 気合と共に一閃。顔を庇おうとした腕ごと、グリズリーは首をはねられた。 「伏せろっ!」 セイリーの様子を見て、バードゥが叫ぶ。 「 彼女が叫んだ途端、辺りが輝く光に覆われた。 強大な力の奔流が魔物の群れの中を荒れ狂い、爆音と共に消えた。 見れば、かなりの数の魔物に被害を与えたようである。しかし…… 「そんなに減っていないな……」 バードゥの舌打ちの通り、敵は分散していたせいか、ダメージはあったが致命傷では無いものが大半のようだ。すこし戸惑っていたようだったが、魔物達はすぐに自分達の優勢を確信して再び襲いかかって来る。 「もう少し、威力大きくならないのか?」 バードゥがセイリーに訊いて来る。眉をくもらせて答える。 「こうも魔物達がいると、うまく構成編む時間稼げなくて。それに、室内だから、下手に使うとバックファイアで私達が黒焦げよ」 瞬間、魔物の動きが止まった。 セイリーとフレリックはすぐに理由を察した。近くで大規模な構成が編まれている。 すぐに二人は構成を編み出した。内容は、ただ防御のために。 二人の構成が急速に作られていく。魔物にも、何匹か似たような構成を編んでいるのをセイリーは感じていた。 「どういうことだ」 バードゥの問いかけを完璧に無視して、二人の魔法は完成する。 「シェル!」 「 淡い青い色をした膜に純白の膜が重なり、彼女達の周りに二重に張り巡らされる。そして―― 「 辺りは再び光に包まれた。 「急げっ! 北の塔に!」 窮地を救ったのは、アルカディアの魔法だった。 さすが魔法剣士団団長の座は伊達ではない。たとえ先のセイリーのサンダガのダメージが合ったにせよ、同じ魔法の一発でほとんどの魔物を戦闘不能に貶めた。 防御の魔法を編んでいた魔物もいたようだが、構成の展開の間に合わなかった者はあらかた倒された上、回避が出来て無傷の者も辺りの状況に呆然としているようだった。その隙を縫って、セイリー達はその場を逃げ出したのだった。 「しかし無茶だったかもね。無差別範囲でのあの魔法」 「仕方ないさ。一匹一匹倒してなんかいられなかったからな」 走りながら、セイリーは少し焦げているアルカディアのために簡単な治療の術を施している。 「他の人々はどうなったか知っているか?」 冷静にバードゥが訪ねてきた。アルカディアは軽く肩をすくめる。 「来る途中、回廊でネリクス将軍と思しき遺体を見つけた。緊急時は評議長の専属の護衛になる聖騎士団団長だ。メドック議長の生死も絶望的だな……」 「そうか……」 しんがりを走るフレリックが叫ぶ。 「後ろから来ました!」 「前にもいるわっ!」 挟み撃ち。前方の強行突破を考え、バードゥが加速する。 「これを使えっ!」 アルカディアが鞘に収められているルーンブレイドを投げた。キャッチするなり、魔物の群れへと殺到する。 「後ろは私が相手をします。将軍は御二人を」 「すまんな」 「アルカディア将軍と共に戦えた事を誇りに思います」 フレリックは思いを断ち切るかのように踏み止まり、後ろの魔物の群れへと向き直る。 「セイリー、行くぞ」 「ええ!」 アルカディアが宝剣エクスカリバーを抜き放つ。前方のグリズリーに一閃! 「上の階だっ。バードゥ、セイリー、行くんだ!」 残っている飛竜は一匹だけだった。まあ無理をすれば三人は乗れるだろう。 「バードゥ、飛竜操れるか!?」 最初に飛び乗ったのはバードゥ。手綱を取り、いつでも飛びたてる体勢にしている。 その間にも、追いついてきた魔物をアルカディアが退けるのに必死になっている。 「セイリー、乗れ」 すぐにセイリーが飛竜に。 「アルカディア、早くするんだ」 「そうは云ってもね、僕が乗ると飛び立てないからね。それに――」 執拗に、魔物達はアルカディアを狙って来る。彼が最後の盾なのだ。彼が飛竜に乗れば、魔物達はそれこそ飛び立つ前に飛竜へ攻撃を始めるだろう。 さらには―― 「いよいよ大将の登場ってね」 アルカディアの視線の先には、一人の老人が立っていた。 「ラムウ……」 セイリーの呟きが、嵐の塔に小さく流れた。 「良く分かったの。セイリー・カレラじゃったかの? いやいや、今はセイリー・フォルンじゃったな」 ラムウの少しからかうような言葉。セイリーの顔が青ざめる。 バードゥが声を低く、詰問する。 「貴様、何者だ……」 「ほぅ、ゴブリン族か。いやいや、わしのことは、その青年が知っておるよ」 「……古代の雷帝、ラムウ。雷の力を統べる幻獣だ」 アルカディアが低く答える。 「良くご存知だ。さすがはアルカディア・フィート将軍じゃな」 「!?」 バードゥは、ラムウの言葉が理解できない。アルカディアの姓は、フォルンだったはずだ。 視線だけを動かしてセイリーを見れば、こちらは顔がほとんど真っ青になっている。アルカディアの表情は見えない。 今や、魔物達はラムウを守るかのように、老人の周りを取り巻いている。 「カルナスを襲った理由はなんだ。幻獣が意味も無く人里に出没、まして攻撃なんてするはずが無い」 声の調子は変わらず、アルカディアが言葉を出す。 「そなたの名の意味が分かれば十分であろう」 彼の質問に対し、あっさりとした答えを言うと同時、ラムウの周りの魔物達が攻撃体勢に入った。 「セイリー、バードゥ、先に行け!」 その声と同時に、アルカディアが叫ぶ。刹那、無数の魔物達が、アルカディア達に突撃を開始した。 「行けって行っても、どこにだ。それにお前はどうする!?」 バードゥが飛竜の上からわめく。 「自分のことは何とかするさ。ウラに行け! 魔法剣士団が少しは駐留している!」 「分かったわ。バードゥ出して!」 気丈にも、セイリーが返事をする。バードゥが仕方無しに、飛竜を空に舞い上げた。 「逃がすわけにはいかないのでな」 ラムウは声ととも、手に持つ杖を振り上げた。物凄い光が一直線に飛竜を目指す。 が、 「 光は途中で壁に弾かれたように霧散した。 「何!?」 「撃ち落されても困るんでね」 アルカディアの防御の魔法だった。続いて掌をラムウに向け、ブリザガの魔法を開放する。 突風と共に、冷気と氷柱がラムウめがけて降り注ぐ。が、ラムウが右手に持つ杖を振り上げると、目の前で壁に阻まれたように消滅してしまった。 「なかなかの腕前じゃ。行けいっ!」 再度ラムウが杖を振り上げる。今度は、幻獣を取り囲んでいた残りの魔物達が一斉に飛び掛って来た。 アルカディアはすっと腰を深く落とし、宝剣エクスカリバーを抜いて身構える。 前方からは雪崩の様にがむしゃらに突っ込んで来る魔物の群れ。後ろは無情にも塔の縁。先には黒々とした空が広がっているばかりである。 このまま討ち死にするか…… 「そんなつもりは無いがね。それに、こんな手もある」 小さく口で呟くと、構成を展開する。 短時間持てば良いので、必要最小限の構成で済む。それに、先程ブリザガなどという強力な魔法を放ってしまった。体力の消耗が激しく、大きな魔法の連発は危険だ。 どどどどど、と地響きを立てるかのように突撃をして来る魔物達。目は血走り、いまにも飛び出さんばかりなほど。危険なまでに興奮しているのが分かる。 構成はすぐに編み終わった。いつでも発動可能だ。だが、十分に相手を引きつけなければならない。 あと20メートル…… あと10メートル…… あと5メートル…… 今だ。 「 すかさず、だんっと音を立てて跳躍する。 レビテトは重力を中和することで跳躍力をあげるための魔法。制御次第では一時的な空中浮遊だって出来る。重力の制約を大きく受けなくなったアルカディアの身体は、魔物の群れを飛び越えるほどに高々と舞いあがった。 少し構成を制御して、身体をラムウのいる位置と、自分の今までいた位置の中間ぐらいに降ろす。 すとんと軽い音を立てて着地すると、間髪入れず自分のいた方向、魔物の群れめがけて、空中で編んだ魔法を解放する。 「 ほとんど全力で放ったため、強烈な赤い光と大音響が響いた。 大爆発は、塔の一部までも木端微塵に吹き飛ばした。特に中心部では石造りの床が融解するほどの熱量だ。当然すぐ上にいた魔物達も無事なわけは無く、かなりの数の魔物達が一瞬にして燃え尽くされていった。 少し外れにいた魔物達も、爆発による急激な酸素の消費、それに伴う強烈な爆風に煽られ塔の外へと吹き飛ばされてしまっていた。 だが、アルカディアはというと、魔法を開放した時のショックで膝を突いてしまった。爆風からは、防御結界を張っておいたため回避できたが、大規模構成の連発による反作用のダメージがあった。 「ほうほう。あれだけの数を2回の魔法で片付けるとは。いや、善哉、善哉」 ラムウの皮肉が突き刺さる。 魔法とは、結局は物理法則である。この世界に無い物理法則を生み出すわけだが、一旦物理法則として成り立った以上、この世界の法則にも従わなければならない。 そして、魔法を使う上で一番考慮しなければならない、つまりは一番の問題となるのが、作用と反作用である。 アルカディアの放った強力な魔法は、例に漏れず強力な反作用を生む結果となった。全身への衝撃により、一時的とはいえ、行動に支障をきたすほどのダメージ。肩で大きく息をついて、ラムウを睨み付けているだけしか今は出来なかった。 「しかしわしを倒そうというのに、この程度で力尽きていてはのぅ」 ラムウはそう云うと、杖を満身創痍のアルカディアに向かって突き出した。その先端に光が収束していく。 危ない。 目に見えて危険な状況だが、アルカディアは動けない。なんとか、防御の構成を編み始めた。 「残念だが、≪聖域≫のためにも消えてもらわねばならん」 かっ、と光が迸る。 ラムウの杖から、太い光の熱戦が放たれた。 とっさに展開したアルカディアのプロテスの防御障壁に真正面からぶつかるが、徐々に障壁を押し破ろうと迫って来るのが分かる。 そして、ぱりんとガラスの割れるような音を立てて、障壁は敗れ去った。 一直線に光線はアルカディアを目指し―― |