第2話−5
嵐の日
Tempestuous day
| 「セイリー、後ろ来てるぞ。なんとかならないのか」 バードゥの指摘通り、ラムウの放った空を飛べる魔物が何匹か、彼等を追い掛けてきていた。 「うーん、今は無理ね。固まったところを一気に片付けないと、難しいわ」 「そうか。スピードを上げるぞ」 バードゥの手綱の操作により、飛竜はその飛ぶ速度を速める。後ろに追いすがる魔物達も、速度を速めているようだ。 ふいに、前方から何かが飛んでくるのが分かった。 「セイリー、前からも何か来ている」 「ええっ!?」 セイリーも少し身を乗り出して前方を見る。が、彼女にはただの真っ暗闇しか見えなかった。 「どうする。前は飛竜のようだな。大方急を知らせる伝令か何かか」 「良く見えるわね。でも伝令ったってこっちは受けていられないわよ……」 「じゃあ放っとくか」 「そういうわけにもいかないでしょう。後ろに気をつけて、その飛竜の方に」 後ろは変わらず不毛な追いかけっこである。その辺の手綱裁きはよろしく、バードゥはその問題の飛竜へ向かって進路を変えた。 しばらくすれば、問題の飛竜の姿はセイリーにもはっきりと見えてきた。セイリーの記憶によれば、あれはラーダ王国竜騎士団の戦争装備をした騎士。 が、警告を発しないわけにはいかない。とにかく、出来る限りの大声で呼ばわった。 「逃げて! カルナスから早く!」 スピードが変わっただけで、状況自体はなんら変わりは無い。いや、ラーダの竜騎士とおぼしき、武装した飛竜が仲間に加わり、守るべきものが増えた。 「バードゥ、上昇しながら右に反転、その後垂直降下、出来る?」 「垂直降下の時に振り落とされなければな」 「しっかり捕まってるわよ」 セイリーはバードゥの胴体に腕を回して、しっかりと抱きつくと、目を閉じて静かに魔法の構成を編み始めた。 セイリーの考えが読めたのか、バードゥは敵を引き付ける様に反転をする。ラーダの竜騎士は、なんの苦も無く付いて来ている。さすがは本職だ。 高度を上げながら、敵側の様子を探っていく。 これまで一進一退だった両者の距離は、セイリー達の乗る飛竜が向きを変えたため確実に狭くなってきた。点ほどだった大きさの影が、少しずつ、個体差を現していく。 (フロータイボール、いやアーリマンか。それらが8匹。後は……ヒュドラがいるようだな。フロータイボールなんかよりも巨体だからすぐ分かる。4匹か? 意外といるものだな。数が少ないと聞いていたわりには。で、一番デカイのがズーだろう) 視力のとても良いバードゥは、この距離から敵を見分けることぐらい、造作のないことだ。セイリーは目をつぶっているので見えないが、普通の人間には影が大きくなったといえどもその姿形の違いなど分かる距離ではない。 眼下はフォンの市街のはずれにさしかかっている。けっこうな時間飛んだわりには、距離を稼げなかったのは、追手を振り切ろうと蛇行などをしていたからだろうか。フォンの宮殿の真東に存在する、巨蟹の塔が見えてきた。 (これだけの数を一斉に仕留めるつもりだと、時間がかかるのは当然だが。しかし仕留めきれるかな) バードゥの思案は余所に、セイリーは着実に構成を編み上げていく。魔法の訓練をしていないバードゥには分からないが、嗜んだ事のある人間なら驚愕するような緻密で膨大な構成が展開されていた。 ちょうど反転が終わったところだ。敵は予定通りひとかたまりになっている。 「行くぞ、振り落とされるなよ」 そしてバードゥの掛け声とともに、ついに魔物達からの急速な引き離しにかかった。 かなりの高空から、まっさかさまに落ちていく。巨蟹の塔の荘厳な姿がみるみるうちに迫って来る。彼は歯を食いしばって強烈な圧力に耐え、飛竜の手綱を放すまいとする。 その時を待っていたセイリーが、ついに魔法を開放した! 「 瞬間、空を覆い尽くす黒雲から、純白の光が舞い降りたかに見えた。それは一直線に巨蟹の塔の上空を目指し、その途中で、突如として弾けた。 閃光、爆音、そして衝撃波。 あたりが再び雨の降る音だけに包まれる頃には、彼らをさっきまで追い掛けてきていた魔物達は、跡形もなく消滅していた。 フォンの街を低空で飛ぶバードゥは、その破壊力にただただ呆然とするばかりであった。 「ヒュージ君だったわね、ラーダの方はどうなってるのかしら」 セイリーはすぐ近くを飛ぶ飛竜の主、ヒュージに真剣な眼差しで問い掛ける。それに対して、彼は沈んだ表情で答えてきた。 「……ファルテ城は炎上しました。まず始めにセレスタで、マイトラード帝国の黄衣騎士団2000との戦闘がありまして、セレスタ防衛の為に部隊を出発させた矢先の出来事だったようです。僕の所属する竜騎士団は先発でセレスタに進んでいたので、最初の戦闘には参加していますが、やはり人数差が激しくて……」 「…………」 「……主力部隊が到着するまでは、まだ時間がかかったのです。僕は伝令としてその部隊に行ったのですが、ちょうど、そこでファルテでの戦闘の話が入ったのです」 「囮と奇襲。あまり誉められるやり方じゃ無いわね……。本隊はきっとセレスタを通らずにコル山脈越えをしたのでしょうね」 「ええ、ファルテからの北はほとんどが未開の土地です。発展しているのはファルテの近郊、アイゼルトとセレスタへの街道沿い、あとケルム山地よりも南の、レムネジア海沿いの沿岸部だけです。それでも少し奥地に入ればごく稀に点在する開拓民の村以外は何もありませんから」 「そうね……」 「続けます。ファルテの話を聞いて、僕はカルナスへ向けて飛ぶ事になりました。途中、ファルテも通ったのですが、既に城は陥落していてまだ生きている騎士達によって局地的な抗戦が行われているだけでした……」 ヒュージの脳裏に、その時の記憶が蘇る。 なすすべも無く逃げ惑う人々、戦う騎士達の鎧が次々と朱に染まっていく様子、そして…… 「そう……。北アイゼルトまでが陥落した話は来ているわ。そこの大陸魔道師同盟の支部まで襲撃されたの。情報伝達を防ごうとしたようだけど、大陸魔道師同盟を敵に回すことになったわ。でも、その魔道師同盟も今は何も出来ない……」 「な、なぜ」 「あなたの見た通りよ。カルナスも陥落したわ。魔物の、しかも完全に統率の取れた軍によってね! 今南アイゼルトにいる軍は、最初のカルナス支援のための精鋭部隊も含んでるからこれ以上の侵攻は無いとは思うけど、フォンがこうなってしまった以上は、ラーダの為には軍隊は割けられないわ。いまから私達が今、ウラを目指しているのも、駐留部隊を使ってアイゼルト、フォンの支援に向かわせるためよ」 「……僕達にはもう、カルナスしか頼るべき所がないのに」 ヒュージの言葉に、セイリー、バードゥは何も云うことが出来なかった。 嵐はいまだ止む様子は無かった。 時折きらめく雷光、吹きつける雨の中を、三人の乗る飛竜は無言で進んでいく。 既にフォンを離れて一時間にもなろう。カルナス大草原に入ってからだいぶ時間が経っていた。 暗闇で視界は余り良くないが、雨と雷を避けるためにもかなり低空で飛んでいるのだが、稲光にうつる影を見ても、周りにはほとんど何もない事が伺えた。 さすがにカルナス大草原の名は伊達ではなかった。 フォンの北からすぐに草原地帯が広がっている。最北はコードの森の縁にある、彼等の目的地ウラまで、約500kmはあろうか。東は肥沃な土地であるため、草原地帯には含まれないが、西はそれこそ果てしなく続いていた。 その広大な土地には、数千もの部族の騎馬民族が暮らしているという。文化の非常に発達したカルナスの中心フォンとはまったく対照的に、狩猟と牧畜、住居を持たずにテントで日々を暮らす民達である。 点在するオアシスを中心に滞在しているはずの騎馬民族であったが、嵐のためか、なぜか今日は姿が見えなかった。 そしてその上空…… 「……ウラまで、後どのくらいですか?」 静かに、ヒュージが尋ねてきた。 「そうね。順調に行けば30分……、あ、四半刻ぐらいね。それくらいだと思うわ。草原の真ん中を突っ切ってきたから、けっこうな時間の節約にはなったはずよ。もうじきに街道が見えていい頃だと思うわ」 「そうですか……」 セイリーには、ヒュージの焦りは良く分かっていた。これまで話してきて分かったことだが、正義感の強い彼のことだ。それこそ国の存亡を賭けた大事な時に、一人でこうしているのはかなりの苦痛だろう。 実際、カルナスが力になれないことが分かった時に、彼はラーダに戻ろうとした。それをセイリーが引き留めたのだ。 「あなたが今戻ったところで、ラーダを救う事は出来ないわ。それよりも、私達に付いて来て、使者としての使命を果たした方が結果的に良い事につながると思うわ」 その時にセイリーが云ったのだが、一番痛かったのはセイリー本人であろう。彼女も、最愛の夫を炎に包まれたカルナス城に残して、カルナスの為に動いたのだから。 その思いが伝わったのか、ヒュージはそれ以降はおとなしくセイリーの指示に従っていた。 「セイリー、東に街道が見えてきた。前方に山が見える」 簡潔にバードゥが告げてきた。 つられてセイリーとヒュージがその方向を見る。暗くて何も見えなかったが。 「ヴェレ山脈ね。風に流されたのかしら、ウラはもうちょっと西――」 セイリーが突然言葉を切る。少しして、バードゥも気付いたようだ。 「来たようだな」 「ええ、私のことを見逃してくれるわけじゃないみたいね。嬉しくないお客様だわ……」 いまだ気付いていないヒュージが不思議そうに訊いて来る。 「あ、あの、どうしたんですか」 「真後ろだ。かなりの高空に一体、とてつもないのがいる」 「――!」 ヒュージも気付いたようだ。 「来るぞ、どうする」 バードゥがセイリーに問い掛ける。とっさに、彼女が作戦を指示する。 「まっすぐ北へ。ヴェレ山脈を超えて。コードの森の上空でやるわ」 「ウラには魔法剣士団がいるんじゃないんですか?」 「これは例外よ。さすがに魔法剣士でも、空を飛ぶ怪物相手に対処出来るとは思えないわ。それにウラには民間人もいるの。そこへこんなのを持っていったらそれこそフォンの二の舞よ」 「来たぞ!」 瞬時に二匹の竜は散開した。直前まで二騎のいた場所を巨大な鳥のようなものが抜けていった。 「うわあっ! なんなんですか、これは!」 ヒュージの絶叫が響いた。 だが彼の悲鳴も無理はなかった。彼等の真ん中に飛び込んできたものは、純白の鳥だった。 いや、正しくは鳥のようなもの、であった。純白の鳥の姿をしていたが、身体は羽毛で覆われているのではなく、ぬらぬらと気味悪く光っていた。地肌というわけでもない。それはゆらゆらと蠢いて、完全な定型を保っていないからだ。 そして頭部には、本来有るべきものがなに一つなかった。ただ白い表面が、なんとなく頭の形をしているだけだった。 他は胴体に、両翼、尾翼も備わっていた。足は見当たらない。すべて不定形だという事を除けば、鳥形である事は違いはなかった。 「ケツァルコアトル……?」 セイリーが呆然と呟いた。 「どう戦うんだ!?」 バードゥもさすがに恐慌を来してわめいている。 当の怪鳥はといえば、過ぎ去った後再び反転して、彼らを目指して向かってくるところだ。 「 セイリーが叫んだ。放たれたファイラの炎は一直線にケツァルコアトルへ向かって行き、そして突然消滅した。これにはセイリーは愕然とした。 「魔力障壁!?」 「どうなってるんですかぁ!」 ヒュージの叫びには目もくれず、セイリーは次なる魔法の詠唱にかかった。 「フェンリルの遠吠えよ!」 再びセイリーが、今度はブリザガの魔法を発動させる。冷気と氷柱がまっしぐらに敵に向かって行き、そしてこれも直前で消滅する。 「ちぃっ!」 ケツァルコアトルの体当りをかわそうとして飛竜を動かしたバードゥ。だが相手のほうが早かった。目の前に相手の身体が迫っている。 どんっという音とともに、彼等の身体が宙に舞った。 「バードゥさん! セイリーさん!」 バードゥは掴んでいた手綱が幸いしたか、振り落とされずになんとか落下の途中で体勢を立て直し、飛竜を操る事が出来た。だが―― 「セイリーっ!」 バードゥが悲痛に叫ぶ。 彼女の姿はみるみる小さくなっていき―― そしてセイリーは漆黒の森、コード大森林の中へと飲み込まれていった。 |