FINAL FANTASY STORY


第3話−1
国境の攻防
Battle of border

 セレスタでの戦いは、すでに始まってから半日が過ぎ、最初の日暮が迫っていた。
 マイトラード軍は、一旦は先制攻撃で敵の防塁に到達はしたが、駆けつけたラーダ軍の竜騎士団に盛り返され、事態は膠着化。
 その後は散発的に小さな小競り合いばかりで、どうやらこのまま1日目は終わりそうだ。


「将軍、現在までの死傷者の統計が出ました」
「聞かせてくれ」
 マイトラード軍の陣地の後方で、フランシスは伝達兵を集めて報告を聞いているところだった。
「まず我が方の数を。死者104人、重傷者が41人、軽傷者203人。敵方への損害は、死者負傷者合わせて少なくとも400人程との観測が出ております」
 報告を聞き、彼は口元に手を当てながらうめく。
「うむ。意外と多くやられたな」
「被害は竜騎士団によるものが多く、被害全体の内、大体4割方と見ております」
「竜騎士団への損害は?」
「弩によって3騎撃墜しましたが、ラーダ軍陣地内に落ちたため、損害は不明です。が、その後未確認ながら飛行して後退したとの話が出ています」
「分かった。では、各部隊長に伝達」
 さっと、伝達兵がメモの準備をする。
「今夜は戦闘を行わない方針だ。向こうも出て来てするつもりはないだろうが、歩哨は十分立たせる。半数ごとに休ませ、常時半分が歩哨に立つこととせよ。前線はこれより東へ1km後退させ、そこで夜営とする。夜間は竜騎士団に上空から攻撃されるとやっかいだ。各隊警戒を怠るな。後は大隊長の指示に従うように。以上、準備が出来次第、後退を開始する」
「はっ!」
 すぐに彼の元から伝達兵が散っていった。


「首尾はどうだった」
「お師様……」
 夜営のテントの中、誰一人近習を寄せずに一人で黙考していたフランシスの元に、カルバレス公が入ってきた。
 公爵は適当に彼の近くの椅子に腰掛け、弟子の事を静かに眺めている。
「首尾は、上々です。当初の予定通りに戦況は進んでいます」
 フランシスは抑揚のない声で、師の問いに答えた。
「不満そうだな」
「……いえ、皇帝の決定された事です。不満は、ありません」
「よほど奇襲が気に食わないようだな」
 カルバレス公は髭のある顎を撫でながら、やんわりと続ける。
「だが時期的に無理もない決定だとは思わぬか。去年は不作で今年も見通しは暗い、工業も原料不足で近年行き詰まっておる。ラーダ攻略によって、農業用地、さらに貴重な工業資源が手に入る」
 カルバレス公の穏やかに諭す言葉に対し、フランシスは強い口調で反論する。
「ならばカルネイの整備は何のためだったのでしょうか。今年初頭から本格的に港が稼動して、シレネイだけでは不足していた貿易が活性化してきたではないですか。アルトゥールの小麦、ドークとの鉄鉱石交易が具体化しつつある今、国内政策に重点を置き、国力の温存、さらなる発展に努めるべきです。無理に攻め入って国力をすり減らす必要はありません」
「今後、農業、工業ともに需要の増加が見込まれている。とくに工業は今後、発展が著しいと見られる。特に例の新技術の開発も大詰めだ。工業界の革命となるべき技術だ。本格的な量産体制に入れば、各種工業業界で工業原料の需要は飛躍的に伸びることになるだろう。現状のままでは確実に少ない資源の取り合いになる。それを防ぐためにも供給口の安定化が必要だ。鉄鉱石に限っても、ヴァルハラではあらかた掘り尽くした感は否めまい」
「東プロムベリアで地質調査が始まっています。詳しい報告を待ってからでも遅くはないでしょう」
「埋蔵量はあまり期待できないと聞いた。ヘイムダールも論外だ。これ以上の開拓は身を滅ぼす。ドークの輸入はまあ焼け石に水だろう。それに、ミュロンド通商連合は基本的にカルナス寄りだ。平和裡に求めるのは無理だろう。南の自由国境、サーティス山脈との接続地点にはかなりの量があると出てはいるが、サーティスとの関係は現在、最悪と言って良いだろう。自由国境で下手に動けば全面戦争は確実だ。もうひとつはラーダ。こちらの埋蔵量も非常に多いと聞く。関係はもちろん良好では無いため、求めれば戦争は避けられないだろう。要は、どちらと戦うか、だな」
 フランシスは相変わらず険しい形相のままだ。反論の口調も厳しい。
「ならば国力が安定してから戦争に入るべきでしょう。それに、現在は食糧問題が深刻なのですよ? ファンダルキアはまだ騒動にはなっていませんが、メトークス公領で徴兵、重税に反対して一揆があったと云う話です」
「アルトゥールから緊急輸入した食糧が出まわる頃だ。重税は、まあ享受するしかないがな」
「今回の食糧輸入はしょせん一過性です。それに……やはりカルナスの事が心配です」
「ふむ」
 ここで、カルバレス公は弟子との議論に一息置く。
「フランシス。戦術的見地でラーダ王国攻略法を考えてみよ」
「……は?」
 突然変わった議論の内容に戸惑った様子で、フランシスが師を見つめる。カルバレス公はただ頷いてみせるだけだ。
 しばし考えて、おずおずと口を開く。
「ファルテを占有するだけでも、やはり可能な限り速やかにアイゼルドまでを占拠することが第1条件かと。その際、第2条件としてケルム山地以南の平地部は放棄するべきでしょう」
「理由」
「ラーダとカルナスの国境アイゼルドは特異な地形であるため、封鎖が容易です。が、南のカーネイ国境は平地続きのため、封鎖には多大な戦力が必要でしょう」
「至極当然な考え方だ。今回もその考えに則っておるな」
「それがどうしました?」
「サーティスとの全面戦争か、カルナスが参戦するまでの時間との戦いで、奇襲でラーダを落とすか。得られるものは同じ。ならば被害が少ない方を選択するのは当然だ。方法がたとえ卑怯と思われようと、な」


 師に諭され、今回の戦いは無理矢理自分に納得させることにした。
 所詮、自分は軍人なのだ。与えられた命令を忠実に実行することが、自分に求められた使命なのだ。自分には命令を疑うことは許されないのだ。
 そう、言い聞かせた。
 火の落とされた天幕の中、フランシスは簡易寝台で寝転がっていた。
 予定では、明日にはセレスタを占拠、その後、ゆっくりとファルテへ進軍する手筈である。また過酷な山道の行軍であるから、休める時に休んでおかないと身が持たない。幸、マイトラード側に陣地を下げたこともあって、夜襲は心配なさそうだ。
 暫し考えを巡らすと、疲れている体も手伝い、すぐにうとうとと眠りにつくことになった。

 ……ふと、目が覚めた。
 外の様子に変わったことはなさそうだ。
 だが、フランシスは得体の知れぬ違和感を感じていた。
 静かに身を起こす頃には、意識せずに手に愛用の長剣が握られていた。
 感覚を研ぎ澄まし、原因を探ろうとするが、まったく分からない。
 いつでも抜刀できる状態を維持したまま、ゆっくりと天幕を出る。
「あ、フランシス将軍。いかがなされました」
 天幕の外で控えていた2人の近衛兵が敬礼をするが、フランシスは彼等を一瞥しただけだ。
 そのまま、警戒しながら今まで彼が休んでいた天幕の裏側へ回る。怪訝な顔で、2人の近衛兵が後ろに付き従ってきたが、彼はまったく気にしない。
 天幕の裏には何も無い。異常はなかった。
 だが、違和感は消えない。

 刹那――
 シュッという小さな音とともに、フランシスの剣が抜き打ちざまに煌く。
 鈍い音を立てて地面に転がったのは、二つに断たれた大きなコウモリ。
「ジャイアントバット!」
「魔物が侵入したぞ!」
 近衛兵がその姿を確認するなり、大声をあげながら抜刀してフランシスを守るように囲む。
 すぐに声を聞きつけた兵達が松明を手に駆け寄って来る。
「どうしました!」
「魔物だ。ジャイアントバット1匹だけか? このような場所に勝手に出て来るとは思えないが」
 理解し難いと云うフランシス。魔物1匹で、あのような違和感を感じるとは思えない。
 すぐに陣営内の魔物の捜索と掃討が命令された。
 深夜にも関わらず、数多くの松明が四方八方で蠢き始めた。
 だが、肝心の違和感はまだ消えていなかった。
「将軍、お怪我はありませんか」
「ない」
 警戒を怠らず、近衛兵の一人の質問にぶっきらぼうに答える。
 その直後、フランシスは突然ばっと背後を振り返る。
 何も見えなかったが、今度は気配が察知できた。
 その気配は、フランシスに気付かれたことが分かると、すぐに遠くへ消えて行ってしまった。それとともに、彼の感じていた違和感は消滅した。
「将軍、どうされました?」
 我に帰って、彼は将軍の顔に戻る。
「……ああ、いや、なんでもない。捜索状況はどうだ」
「今のところ、他に魔物の姿を発見したという報告はありません」
「そうか。期待は出来ないが、捜索は続けてくれ。それから――」
 その夜は、その後は特に変わりなく明けていった。


 翌日早朝、騒ぎを聞いたカルバレス公がやってきた。
「フランシス、魔物が出たそうだな」
「ええ。さいわい、一匹だけでしたので、はぐれ者でしょう」
 カルバレス公の心配そうな顔とは裏腹に、フランシスは涼しい顔で答えた。
「そうか、たいしたことはないのだな」
 魔物の力はそれほど強いわけでもない。しっかり訓練を積んだ兵士なら、そう油断しない限り負けることもないが、さすがに夜営中などに現われると問題が起こる。
 歩哨が立っているとはいえ、暗い中で魔物騒動があると、戦争中なら夜襲の可能性なども絡まって大混乱に陥る可能性もある。
 今回は指揮官であるフランシスが事態に気付き、すぐに冷静な対応がとられたために、ほとんど混乱もなく事態は集結したのはまだ幸運な方である。
「近年は魔物が活動的になってきている。なんにせよ、大事にならずに良かったの」
 カルバレス公は安堵したように髭を撫でている。
 本陣を置いている小高い丘の上で、フランシスは自らの黄衣騎士団を見下ろした。
 そこかしこに出発の準備を終えた騎士の鎧が朝日を浴びて黄金に輝いている。
 その姿を一回り眺め、満足気に一人深く頷く。振り返ると、ちょうど伝令が走り寄って来るところだ。
「伝令ー!」
「ご苦労。どうだ」
 フランシスの代りにカルバレス公が先に言った。
「報告致します。昨晩中にセレスタ軍にファルテ陥落の報が届いたようです。現在もまだ大きな混乱状態にあるとのことです」
「後続部隊の様子などは入っているか」
「セレスタから40kmの位置に後続とみられる部隊が確認されていますが、ファルテ陥落の報以降、位置を変えずに停滞したままです」
(完璧にヴェルダン将軍の読み通りだな……)
 内心、あまり好きではない彼の顔が思い浮かび、苦々しく思う。
 カルバレス公がフランシスを見た。フランシスはそれをしっかり見つめ返し、しっかりと頷く。
「分かった。全軍に対して出陣命令を出す。日が沈まぬうちにセレスタを落とすぞ」
 フランシスが高らかに宣言した。
 再び、戦いが始まるのだ。

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