第3話−3
国境の攻防
Battle of border
| 特に何事もなく夜は明けていった。 フランシスはその後、別の部屋に移り、何事もなかったように眠りについたのであった。 起き抜けの朝食がてら、黄衣騎士団の主だった幹部を集め、即席の連絡会とした。 「今日については多く云う必要は無いだろう。昨日のうちに予定を通達した通りだ。ここでは明日以降についての通達を行う。 明日の予定は、第5、第6大隊を除き、午前のうちに出立準備を済ませ、午後にはファルテへ向け進軍を開始する。夜営地はセレスタ峠にて行う予定とする。セイムベル高原地帯に入るまでずっと坂が続くので、各輸送部隊は馬車の扱いに留意。また持ち馬への扱いに注意し、怪我等が発生しないように通達を出すこと」 「分かりました」 アレクサンドルの言葉に、各大隊長がいっせいに頷く。 「出立前の再集合は朝の3刻とし、場所はレウラ街道口の門前広場とする。正午の鐘が鳴るまでに整列を済ますこと」 「出発は第8大隊から予定している。第1大隊を旗下隊とするのは変わらんが、明日の午前に到着するカルバレス騎士団との引継ぎがあるんでな」 横からフランシスが発言する。それが終わるのをアレクサンドルが待ってから続ける。 「出立は第8、7、4、3の順番とし、第2大隊と後詰にする。第4大隊の前に第1大隊が入る予定だ。それと整列時までに各大隊長は、先日の戦闘時に負傷し、今後の戦闘に差し支えるような者は除外し、カルバレス騎士団に預けること。また、その前に負傷者の名簿を作成し、今日中に私のところまでに提出すること。輸送部隊の内容は昨日伝えた通り、歩兵、弓兵は連れていくが、弩は不要。これらもカルバレス騎士団の指揮下に入るように。……他にありますか、将軍」 促されたフランシスは、椅子に深くもたれて軽く腕を組む。 「本日は白洋の月7日。明日が8日だ。そしてファルテ陥落が4日だ。ラーダ軍で最後に残っているのがレウラ街道上、リベラの森と呼ばれる付近で停滞中である。大きな戦闘にはならないだろうが、規模を最小限に抑えるため、ファルテ側の青衣騎士団との挟撃作戦を行う手筈になっている。位置的にそれほど離れているわけではないので、10日の昼あたりが戦闘の予測だが、多少は前後するだろう。ただ、数は500程と少ない。挟撃となると、我等はだいたい4000程となるので、投降を促すのが目的となる。なお、魔道士団が入っているので、万が一に備え、対魔道士戦を考慮しておくように。以上だ」 セレスタの中央広場には、つい数日前まで見られた露店の姿はなく、固い表情で着々と出発の準備を進める騎士、兵士達の姿だけが目立っている。 とはいえ、セレスタ全体がそうなったわけではなく、あまり騎士の姿が見えない、城壁に近い郊外では多くの露店が普段と変わらぬ様子でたくさんの物を売っている。 南の沿岸都市リテに通じる街道筋には戦火の集結を知った人々が帰還の列を作り、食べ物を売る店が彼等を目当てに商売をしているほどだ。 さすがに西のファルテ、東のカルバレスやヴァーネイに通じる街道筋は、これからも続きそうな戦火を嫌って人の気配は絶えて久しかった。 セレスタの郊外が忙しく動き回っているのと同様、マイトラード軍の本陣と定めている宿の中でも忙しい動きを見せている。 「将軍、セレスタ市長がお見えです」 「ああ、通してくれ」 少しは静かな、フランシスが使っている居室の今に、アレクサンドル准将が小柄な老人を連れてきた。 「マイトラード帝国左府将軍、ファンダルキア公フランシス・トレヴァーンです」 フランシスが右手を差し伸べると、少しおびえた感じで老人が握り返す。 「セレスタ市長のダンカンです」 フランシスは、老人の緊張を和らげようと、温和な笑みを浮かべて語り掛ける。 「わざわざお越し頂いて申し訳ない。戦時中とはいえ、セレスタに多大な迷惑をおかけしたことを陳謝します」 「ありがとうございますです。私としましても、復興の段取りをつけていただいたことで、感謝せねばなりません」 「街の復興は、我々の当然の義務でありますので。まあ、お掛け下さい」 簡単に挨拶が終わったところで、彼は促してソファーに座らせる。当番の騎士が彼らの前のテーブルに飲み物を置いていく。 「紹介が遅れましたが、こちらはアレクサンドル・バーディス准将。あちらはパーヴェル・サント大隊長。私の大切な部下達です」 傍らに立つアレクサンドルと、少し離れて待っているパーヴェルが軽く頭を下げる。 挨拶が終わるのを見て、フランシスが市長に語り掛ける。 「現在のセレスタ市の様子はどうでしょうか」 「開戦当日とはいかないまでも、一時的な戦役の集結と見て、だいぶ避難民の帰還が始まっています。市街戦があった地区での復興はまだ満足に始まっておりませんが、人足の応募が始まっておりますので」 「……市街戦? 我々は東の平原を戦場にこそしたが、市街戦をしたという報告はなかったが」 一応、魔物の襲撃があったという報告は聞いているが、フランシスは素知らぬ振りをして云う。アレクサンドルも、上手く相槌を合わせるかのように答える。 「はい。ラーダ軍が一時篭城の構えを見せましたがすぐに西へ敗走し、セレスタの防衛を一旦諦め、遠征軍との合流を図ってから再度奪還の運びになると予想していますが、セレスタ陥落の際に市街での戦闘が行われた記録はございません」 市長は慌てたように、 「あ、いえ、マイトラード軍との戦闘時では無く、その直前に魔物が多数市内に侵入し、竜騎士団が掃討任務に当たったことで。ただ、衛視達が申す事に、市内侵入を手引きした者が居るらしく、マイトラード軍の手引きではないかと疑う者もおりまして……」 「なんだと……?」 さすがのフランシスも眉間にしわを寄せ、厳しい表情になった。それを見て、さらに市長が慌てたように弁解する。 「い、いえ、決して将軍を疑っているわけでは……」 「我々はマイトラードの誇り高き黄衣騎士団だ。魔物の手引きをしてまで戦争に勝とうとは思わんぞ――」 ドゴン、という轟音が響き渡った。 さすがに、突然の異変に、その場にいた誰もが呆気にとられた。 音のした壁際を見やると、1匹の赤い竜がいた。 その奥に空が続いている。壁を突き破って入って来たのだ。 その竜――レッドドラゴンは、室内をゆっくりと見回し、その中の一人の人間に向かって、猛然と牙を剥いた。 あっという間に、街は大騒ぎとなった。街中、大小様々な魔物が我が物顔で闊歩している。 遠くカルナスで起こった事など知る由も無いが、同じ魔物の襲撃という事件は、どこかの国が攻めて来る事よりもよっぽど市民を慌てさせた。 セレスタに魔物が襲撃するのは2度目であるはずだが、市街の北部のごく一部で、短時間のうちに竜騎士団に殲滅されてしまうような規模であったため、一般市民で実感を持っているものはほとんどいなかった。 そして今回は、驚く事に、理由は分からないが同時多発的に魔物が出現したのだ。街の外から攻めて来るのではない。突然街中に降って湧いた様に出現したのだ。それは訓練されているマイトラードの騎士ですら驚いたのだから、善良な市民達の間に非常な狂乱を巻き起こしたのである。 さすがにマイトラード兵はすぐに立ち直り、魔物の排除が始まったのだが、この魔物達を相手にするうちに、さらに驚くべき事態に発展する事になった。 「将軍、お怪我はっ!」 本部である宿の玄関を出ると、事態を聞いて集まっていた騎士達が駆け寄って来る。 「ああ、大丈夫だ。市内の状況は?」 「はっ。ざっと集めた情報に拠りますと、市内全域に渡って魔物が出現している模様です。どの辺が一番多いのかはまだ不明ですが、市外にはいない模様です。急を聞いた第3大隊が本部周辺の敵を排除して陣を敷き、残りは各大隊長の判断で中隊ごとに敵の排除に出ています」 「ああ、適切な処置だ」 あの後襲ってきたレッドドラゴンは、フランシスがとっさに抜いた剣に一撃の元に急所を突かれ、あっさりと倒れた。しかしそれと同じに街のいたる所からの騒ぎを聞いて、とにかく部屋から玄関へと大急ぎで駆け抜けて来たのである。 「なぜ、突然魔物が現われたのでしょう」 アレクサンドルが不思議に聞いてくるが、フランシスの答えはあっさりとしている。 「そんなことは、知らないよ」 「まあ、真にその通り、ですね。数は多いが、時間をかければ殲滅できるでしょう。室内に入られたほうが?」 「いや……、ここでいい。殲滅は出来るだろうが……」 フランシスの云い回しに不審に思う間もなく、伝令が駆け込んで来る。 「第6大隊長より! 当初はばらばらながら、徐々に連携を見せ始め、騎士達が押されるようになって来たとの事です!」 「なんだと?」 「第2大隊長より伝令、敵は指揮の元に統率されているものと思しく、不利な状況との事です!」 「第5大隊長より、セレスタ東門到達断念! 部隊をまとめ、市民会館前まで撤退!」 次々とやってくる、不利を知らせる伝令達。安泰ムードが漂っていた本部はにわかに騒然となる。 「このような事で情けない。市外にいないなら門の制圧は諦めろ。各部隊に、本部となっているセレスタ中央広場付近まで撤退して陣を張り直す。避難してきた市民は保護してこの宿に収容せよ。市外は放置しておけ。郊外の避難民も、こんな状況なら逃げ出すだろう」 すぐに伝令が駆け出していった。 「どうなさるおつもりで?」 「魔物は身体能力が高くても、指揮されていないから訓練すれば倒せたのだが、指揮されているとなるとな。なるたけ大人数で戦うしかないか」 考えつつ、フランシスが云うが、アレクサンドルは不安そうである。 「しかし、身体能力で勝るなら、いくら陣を張っても……」 「……今、何時だ」 「え? 今は……もう直に正午となる頃かと」 「……カルバレス騎士団が東の平原に入る頃か。上手く呼応させれば――」 ドォーン、と爆発音に思考が妨げられる。突如来た爆風から身を守りながら叫ぶ。 「くそっ、もう敵襲か!?」 風が収まって、そちらを向くと、獣人のような姿を持った魔物がいた。 全身が燃えるような赤い色と、大きな角を持った、精悍な姿。その目は、まっすぐにフランシスの方を向いていた。 その姿を、彼は古くから知っていた。 幻獣。 そして、その幻獣の目を見た瞬間、はっきりとフランシスは悟った。 ――敵だ、と。 |