悲しみの空


 試合が終わった。アルカディアの一方的な負けだった。
 コークショルグAリーグ第1試合。死んだ母アニタの再婚相手であるツェルステラとの試合。
 闘技場を出ると、妻のハマンが寄ってきた。
「今日はどうしたの? 試合中1回しか攻めに回らなかったじゃない」
「ちょっと最近調子が悪くてね。なんだかすぐ疲れるんだよなぁ」
 ハマンがアルカディアの顔を覗きこんでくる。
「過労かしら? 議長なんだから気をつけなきゃならないのよ」
「そうだね。慣れない仕事だから疲れてるんだろう」
「ちゃんと休まないと。今日はもう帰りましょう」
 アルカディアとハマンは寄り添って、歩き出した。

 ぽつぽつと、雨が降り出した。
「ほら、急いで。濡れちゃうと風邪引いちゃうわ」
 まだ小雨だが、直に本降りになるに違いない。
 小走りで行くハマンに遅れてアルカディアは追いかけていくが、ほんの少し走っただけで、肩を大きく上下させながら息をついている。
「はあはあ……、試合後なんだからもう少しゆっくり行ってくれ……」
「これくらいのことで何言ってるのよ」
 疲れきっているアルカディアを、ハマンは支えて家に連れて行く事とした。
 ただ、表には出さないが、ハマンは内心気掛かりなことがあった。
 数日前から夫の様子がおかしい。本人は普通に振舞っているが、彼の身体に異変が起こっているのは明白だ。
 言えば本人は絶対に否定するだろう。そして気遣われないよう、さらに無理をする。
 これが一時的な病であってほしい。だが、もし命に関わるような事だったら……。


 外は本格的な雨になった。この国では滅多に長雨になることは無いが、数日は降り続けるかもしれない。
 家で一家揃って夕食を済ませた。今はまだ学生のアーリアを、姉のリディールが寝かしつけているはずだ。アルカディアは夕食の片づけをしていた。
「あなた、後片付けは私がやるから休んでて」
 ハマンが台所に顔をのぞかせる。
「いや、大丈夫だよ。もうすぐ終わるから」
「最近疲れてるんでしょう。残りは私がやるから」
「大丈夫だって」
 なかなか頑固なアルカディアを見て、ハマンはやれやれ、と肩をすくませる。
 仕方なく、ハマンは娘達の様子を見に行く。
 リディールのことだから、アーリアを寝かせるのに苦戦しているだろう。
 娘の部屋に向かう。台所からアルカディアの咳をしている声が聞こえる。

 予想通りに、娘の部屋から大きな声が聞こえる。
「こらーっ。もう遅いんだから寝なさい」
「えーっ。もうー?」
 アーリアのふてくされた抗議の声。
「明日も学校でしょう。寝坊しちゃうわよ」
「はーい」
 アーリアがしぶしぶベッドに入っていく。リディールも、元気な妹の相手に疲れた顔を見せている。
 その時だった。台所のほうから大きな物音が聞こえた。続いてなにかの割れる音。
 ハマンは急いで物音の聞こえた場所、台所へ向かう。
 そこには、意識を失い、床に倒れているアルカディアの姿があった。


 雨は弱まってきたが、アカデ湾の上空には次の雨雲がある。まだしばらくは降り続けるだろう。
 アルカディア・フィートが危篤だという事を聞いて、国中の人々が見舞いに訪れた。アルカディアは意識はあるものの、一目見て分かるほど衰弱していた。それでも心配掛けまいと、すぐ治るから大丈夫だと言いつづけた。
 ハマンはその日、ずっと見舞い客の応対に動いていたが、そうしていないとふさぎ込んでしまいそうだ。
 家事は既に結婚して、家を出ている息子のケイセルと娘のリーゼにやってもらっている。見舞い客が途切れた時はずっとアルカディアの傍にいた。
 しかし、ハマンの必死の看護もむなしく、その日の深夜、アルカディアは息を引き取った。ベッドの上の彼の姿は静かに眠っているようだった。


 彼の死に対する嘆きの涙のごとく、雨は降り続いている。
 585年24日。第27代評議会議長アルカディア・フィートの葬儀が執り行なわれた。わずか21才の彼の葬儀には殆どの国民が参列し、冥福を祈った。


 死んだ夫の生きた証である子供達の将来を、自分は見届けなければならない。
 主のいなくなった家で、ハマンは静かに心に決める。

解説へ


フィート国の物語へ

トップへ