| 「お姉ちゃん、さっきの人かっこよかったよね」 「そうよね。ちょっと緊張してたみたいだけど、優しそうだし」 ベレッタお姉ちゃんと妹のグロリアがやたらと騒いでいる。私は少し離れたところで、その様子を眺めていた。 (たしかにいい人だったけど、そんな夢中にならなくたっていいのに) 話題の相手は、評議会議長をしている父デペッシュが連れて来た移住者の青年のことだ。私やグロリアと同じ6才だったため、友達になれるよう会わせに来たらしい。 彼と友達になりたいとは思っていた。移住者の彼からいろいろな話を聞きたいと思っていた。しかし、姉妹の話が、私の心を徐々に冷めたものにしていった。 少なくとも、自分ではそう思いこんでいた。 その移住者。 彼の名前はケイセル・フィート。 真面目で優しい性格の彼は、すぐにこの国に打ち解けていき、何時の間にか国の人気者になっていた。 片や私はただの議長の娘ポーロ。 自分で言うのも変だけど、人よりも真面目で優しいと思っている。けど、彼ほどではない。 「あ、ケイセルさん」 大通り南で彼に会った。 彼の住んでいるリム区から、仕事場のガアチウルグへの道。私の住んでる議長邸宅からバハウルグへの道は似ているせいか、よく朝に彼に会う。 私の声を聞いて、彼も挨拶をしてくる。 「おはよう、ポーロさんにグロリアさん」 私が何か言おうとすると、グロリアがいきなり前に出て話しだした。 「おはようございます、ケイセルさん。昨日はちょっと我侭言ってごめんなさい」 「あ、いいよ。別に」 私にはグロリアの言う、昨日のことについてはなんだか分からない。 もしかしたら毎晩のようにお姉ちゃんとグロリアがケイセルさんの所に行っていることが関係してるのかな。 グロリアがケイセルさんと話している間、私はちょっと離れた場所で聞いているだけだ。 私も話に参加したいなといつも思ってるけど、それが出来ずにいた。 そういえば、ケイセルさんはよく女性からデートのお誘いを受けるようになったらしい。でも、そのことを全部断ってるとも聞いた。 お姉ちゃんもグロリアもデートのお誘いに行っている。どちらがケイセルさんの恋人になれるか競争しているみたいに。 2人ともしっかり断られてるみたいだけど。 自分の姉妹や、友達のそんな話を聞くたび、私の心は落ち着かなくなる。 それは友達の恋が実らなかったことへの同情か、ケイセルさんが他の女性になびかなかったことへの安心なのか……。 安心? なんで友達が振られて私が安心するんだろう。 その時、私はケイセルさんに対して恋をしているのに気がついた。 ある日の夜、私はちょっと夜遅くなるまで仕事をしていた。 もう辺りには誰もいない時間だ。けどバハウルグを出たところで、ケイセルさんに会った。 「おや。ポーロさんも仕事?」 「はい。ケイセルさんはどうしたんですか?」 「ちょっとアイシャ湖で泳いでてね。ポーロさんもこんな遅い時間まで偉いね」 「そんな事ないですよ」 そのまま私とケイセルさんと連れ立ってチャビ通りを歩く。でも2人とも黙ったまま。 いつもいつも彼といろいろ話をしたいと思っていながら、せっかくのチャンスなのに何も話せずにいた。 大通り北にまで来て別れを言うとき、私は勇気を出してあることを言う。 「ケイセルさん、明日暇な時間ありますか?」 「ん? まあ、あるけどそれが?」 「あの……、デート、してくれませんか?」 ケイセルさんの顔は、私が何を言おうとしているのか分かっているみたいだった。 「うん、いいよ」 断られると思っていた。それなのに意外な答え。 「明日、大通り南で待ち合わせね」 彼はそう言うと、おやすみ、と言って帰って行った。 この言葉がすぐに信じられなかった私は、その場でしばらく立ち尽くしていた。 翌日の朝は、昨日のことなどなかったように振舞った。 見かけだけは平静を装っていても、内心今日のことで心はいっぱいだったけど。 お姉ちゃん達にばれないように、大通り南へ。 雑踏の中からケイセルさんを見つけて、急いで彼の元へと向かう。 「ごめんなさい、遅れちゃって」 「いいや、気にすることないよ。僕もさっき来たばっかりだからね」 彼はすでに長い間待っていたようだが、笑顔でこう言ってくれた。 「タラの港に行こうか?」 「うん」 「私の恋人になってください」 自分の気持ちを思いきって彼に告げる。 「ありがとう、ポーロ。僕も君のことが好きだったんだ」 彼は照れながら答えてくれる。 私は嬉しさとはずかしさで顔が真っ赤になってしまった。 そんな私の様子を見ながら、彼はまた言ってきてくれた。 「また明日デートしような」 「はい。明日、約束ね」 意外と、姉さんやグロリアには私達が付き合っていることがバレなかった。 まあそれを知らないために、グロリアなんて毎日のようにケイセルさんに積極的なアプローチをしているってことも知っているけど。 ただ、私達の交際は順風満帆にはいかなかった。 それは私が心の奥でケイセルさんと過ごす日を夢見ているにも関わらず、素直に彼に接することが出来なかったからだ。 そしてある日、そのことでついに口喧嘩となってしまった。 楽しみにしていたデートはぶち壊し。 私は逃げるように自分の家へと走って帰った。 泣いていた。 「もう……、だめよ……」 誰も聞いている人のいない私の部屋で、絶望的に呟く。 ついさっき、自分がケイセルに対して言ったことがどういうことか、私は痛いほど分かっている。 彼の深い悲しみの宿った瞳、はっきりと覚えている。 コンコン……。 「お姉ちゃん、お夕飯できたよ。食べようよ」 扉の外からはグロリアの声が聞こえた。 「私、食べたくないからいいよ……」 辛うじて返事をする。けれどやはり不思議に思ったのか、グロリアが心配そうに聞き返してくる。 「お姉ちゃん? どうかしたの?」 扉を開けて入ってこようとしたらしいが、今は入れないように鍵をかけている。 「いいからほっといてよっ!」 声を荒げる。外はなにか考えていたようだが、すぐに走り去って行く音が聞こえた。 そして私はまた深い後悔の念へと沈んで行く。 「ポーロ、どうした?」 今度はお父さんだ。 「みんなはもう夕飯食べ終わってるぞ。ポーロはどうするんだ?」 「あんまり食べたくないの」 「……入るぞ。鍵をあけなさい」 「はい……」 鍵をあけて、扉を開く。お父さんがそのまま部屋に入って来る。他には誰もいない。 「さっきケイセル君が来たぞ。大体の話は聞いた」 私は自分のベッドの端に座り、黙ったまま、枕を抱きしめていた。 お父さんは私の様子を見て、一人で勝手に話し出した。 「父さんも長いこと生きてるから、いろいろと経験してるからな。 やっぱり男女の間柄ほど大変なものはないんだ。 ちょっとした言葉の行き違い、誤解なんてよくあることだ」 少し顔をあげてお父さんを見る。 お父さんは私の顔を見てうなずくと、さらに話を続ける。 「だから1回失敗したからって泣くことはないんだ。 大切なのは、失敗を恐れて卑屈になるのではなく、自分の気持ちをしっかりと相手に伝えること。 そう……、自分の気持ちに素直になることか」 お父さんの話を聞いているうちに自分の心の中で渦巻いていたもやもやしていた気持ちが消えて行った。 素直になる。そうだ。私も素直にならなくちゃ。 「大体、気持ちの整理はついたようだな」 「うん……。お父さん、ありかせとう。 私、ケイセルさんに謝って来る」 いてもたってもいられなくなった私は、そう言うと部屋から飛び出していった。 「こんな時間にどうしたの?」 ケイセルさんは昼間のことなど無かったように、優しく私を迎えてくれた。 「あのね、今日のデートのことで謝らなきゃならないと思ったから」 「ん、そのこと? いいよ、そんなに気にしなくても。こっちもなんかむきになってたから」 「そう言ってくれるて気が休まるわ、ありがとう。 でもやっぱり謝らなくちゃ。悪いこと言ってごめんなさい」 「僕のほうこそ悪いことをしたよ。ごめんなさい」 私はじっとケイセルさんの瞳を見続ける。ケイセルさんも、私の瞳を見つづける。 ぷっと、私は吹き出してしまった。それを見てケイセルさんも笑い出す。 「なんでだろう。私、最初からこうすれば良かったのにずっと悩んでたなんて」 「それだけ真剣に考えてくれてたのかな? そうだ。明日またデートしようよ。今度はきっと楽しくなるよ」 「うん。約束ね」 |