初めてのキス


「なんでそんなこと言うんだよ!」
 ロルカは恐れを振り払うかのように、力の限り叫ぶ。
 東方と北方のハーフらしい、適度に白い肌と黒髪の、どちらかと言えば華奢な体つきの少年だ。
「ホントのこと言っただけだろ!」
 そのロルカと対峙している少年、フィリッポもまけじと言い返す。
 こちらはロルカとは対照的に、南方の表れである黒い肌の少年。
「ガリソンちゃんと遊ぶと何が悪いんだよ!」
「ナァムだからいろいろと面倒なんだよ!」
 話題の焦点のガリソン。彼女は東方と南方のハーフであるらしく、フィリッポほどとは言わないが、浅黒い肌をした少女である。彼女は二人の見幕に圧倒されてか、少し離れたところで身を震わせながら立ち竦んでいる。
「ナァムの事を知らないのにそんなこと言うなよ!」
「じゃあお前はナァムのこと知ってんのかよ!」
「そんなの知らないけどさ!」
「そうら見ろ!」
「じゃあフィリッポはナァムの何が面倒なのか知ってるのかよ!」
「そんなの知るわけないだろ!」
「知らないのに言ってるのかよ!」
 売り言葉に買い言葉、稚拙な子供のけんかである。実際彼らは4才。ギタの学舎の2年生なのだから。
「わたしのことはいいから、けんかしないで……」
 ガリソンの辛うじて出したか細い声は、2人の怒声にかき消されていく。
 2人の少年はしばしの間、なおも言い争いを続けていたが、そのうちにもっと確実な方法……、素手での殴り合いへと発展していった。
「やめて……。お願いだから止めてよぉ……」
 ガリソンは自分のナァムという立場が引き起こしたけんか、その責任に押し潰され、ついには泣き声に転じつつも、必死に2人を止めようと言い続けた。
「ギャレット、こっちこっち」
「いたいた。リーン、彼女を頼むよ」
「うん」
 ロルカの1つ上の兄ギャレットと、その兄と同じ学年のリーンだ。先ほどリーンが2人の口論を目撃し、助けを呼ぼうとギャレットを呼んできたわけである。
「こらー! いい加減にしないか!」
 ギャレットの大声と共に、2人は組み付いていた所を引き離される。
「ほら、ガリソンちゃんしっかり」
 彼等の側では、リーンが大粒の涙をぼろぼろと零しながら座り込んでしまったガリソンを慰めている。
「ひっく……だってわたしのせいで……」
「大丈夫よ。ガリソンちゃんのせいじゃないから」
 ガリソンの様子をちらりと見てから、ギャレットは深々とため息をつく。
 彼のその前には、引き離されたことで、やっと自分のしていたことに気付き、反省しているのかしゅんとなっているロルカとフィリッポがいる。
「で、何があったのかを詳しく言ってみなさい」
 不承々々頷いた2人が、ぽつぽつと事情を話し始めた。


「ごめんなさい。わたしのせいであんなことになっちゃって」
 ワクト神殿の裏に広がる広大なるソギの森。神殿から少し行った所に、ウルグ用の仕事道具を作るためにだろうか、伐採が行われ、小さな広場になっている場所がある。ロルカとガリソンが2人で見つけた、2人だけの秘密の場所。
 その場所にある切り株の1つに、ロルカとガリソンは一緒になって腰掛けている。
「ガリソンちゃんが謝ることじゃないって。けんかなんかしたボクが悪いんだから」
 沈んだ表情のガリソンに気を遣わせまいと、にっと笑顔で答えるロルカ。
「でも……、わたしがいるとこんなことばかりなのよ」
 ロルカのせっかくの笑顔もガリソンには届かなかったようだ。沈んだ表情そのままで続ける。
「やっとロルカくんと仲良くなれたのに。みんなと仲良くなれると思ったのに。それなのに……。それなのにわたしのせいでロルカくんに迷惑をかけてばかり」
 ガリソンはロルカの方に向き直る。いますぐにでも再び泣き出してしまいそうな、悲しく潤んだガリソンの瞳がまっすぐにロルカを見つめている。
「ねえ、わたし、ホントにみんなと仲良くなれないの? がんばって仲良くなりたいと思っているのにどうして? わたしがコークナァムだから? コークナァムは泣いたり笑ったりしてはいけないの?」
 ロルカには答えることが出来なかった。彼女の言いたいことは分かるが、なんと言って慰めてやれば良いのだろう。
「フィリッポくんにも分かってもらえなかった。……わたし、みんなの邪魔者なのかな」
 ただ、ロルカには言うべき言葉があった。彼女の答えにはなっていないが、答えを導く手助けになるかも知れない言葉。
「ボクが守ってあげる!」
「え……?」
「いきなりじゃムリかもしれないけど、いつかフィリッポだって、みんなだってガリソンの気持ちを分かってくれるよ。それまでガリソンちゃんは大変かも知れないけど……、それまでずっとボクが君を守ってあげる!」
 後から聞けば、それはガリソンを励ますだけの詭弁に聞こえたかもしれない。
 だが、その時のガリソンには、ロルカのその言葉は、彼女の心の闇をすべて払い除けてしまえるほどの力があった。
「そう……、そうだよね」
「うん。大丈夫だよ」
 根拠のない自信だが、ロルカは胸を張ってガリソンに答える。
「そうだよね。ロルカくん、ありがとう。それに……」
「それに?」
「守ってあげる、って言ってくれた。わたし、すごく嬉しいの」
 ガリソンはそう言うと、これまで一度も見せたことのない笑顔をロルカへと向ける。
「お礼って言ったら失礼かもしれないけど、わたしの気持ち、受け取って」
 そっとロルカの方へとガリソンは顔を近づける。そして自分の唇をそっとロルカの唇と合わせた。
「ガリソンちゃん……」
 顔を真っ赤にしたロルカに向かい、再び笑顔を見せるガリソン。
 そのまま、ロルカの体に腕をまわし、彼の胸へと顔をうずめた。
 ガリソンの顔はとても幸せそうだった。

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