旅立つ息子


 成人の儀式を終えた息子、ジョンはなにかを考えているかのように私には見えた。
「おかあさん、相談したいことがあるんだ。」
 メグ・シャーリーはじっと息子の次の言葉を待った。
「ずっと考えていたのだけれど…移住してみようかと思う。」
 ジョンはそう言うと母の顔を見つめた。
「では、その話はお父さんが帰られてからもう一度聞きましょう。」
 メグはそれだけ言うのがやっとだった。
 メグは家の中をうろうろと歩き回ったが、何をしていいのかわからなかった。
 椅子に座り、じっと暖炉の炎を見つめていた。

 次男のギルバートが、元気よく帰ってきた。
「あのね〜、お母さん、今日僕ね、縄跳び上手に飛べるようになったんだよ。」
「そう、がんばったわね、ギルバート。」
 こんな風にジョンも小さい頃からよく話しかけてくれたっけ。
「お兄ちゃん、あのね〜。」
 ギルバートは兄に話しかけている。
 ジョンは小さい弟の頭をなでている。
 ようやく夫が帰ってきた。
「さあ、食事にしましょう。みんな手を洗ってらっしゃい。」
 メグは立ち上がり、夫の傍へ近寄った。
「あなた、ジョンがあとで話があるのですって」
「メグ、顔色が優れないけど…」
「大丈夫ですよ。さあ、あなたもお食事にしましょう。お腹すいておられるでしょう。」
「ああ。」

 家族揃っての夕食が始まった。
 メグは食事をしながらも、後何日こうして家族揃って過ごせるのかをつい、考えてしまっていた。
「食事中に考え事は止めた方がいいよ、メグ。」
「あら…ごめんなさい。」
「おかあさん、どうかしたの?」
「なんでもありませんよ、ギルバート、ごめんなさいね。」
 ジョンはただ、じっとこちらを見て黙って食べている。
 静かな食事が終わった。
 メグはさっさと食器を片付けていると、
「手伝うよ、おかあさん。」
 ジョンが大きな手で皿を運んできた。
「ありがとう、ジョン。」
 あわてて片付けると、夫がこちらを見て待っていた。
「みんな、そろったかな。」
「僕も聞いているの、お父さん?」
「そうだ、ギルバートもだ。ジョンが話があるそうだ。」
「うん、おかあさん、早くこっちへ来て。」

 家族みんなが集まった。メグは夫の横に腰をかけた。
 ジョンは立ったままだった。
「僕は他の国に移住しようかと思う。」
「よく考えた上でのことなのか、ジョン?」
 夫の声は震えている。
「そうです、お父さん。他の国ってどういうのか知りたくなったので。」
「どこもここと似たような国に決まっているよ。」
「お父さん、行って見なければわかりません。」
「しかし、まだやっと成人したばかりだというのに。」
「早い方がいいとは思いませんか。」
 ジョンの声は落ちついている。
「でもね、移住となると…私もすぐ賛成するわけにはいきません。」
 メグはようやく口にだした。
「お兄ちゃんどこか行っちゃうの?」
「移住するともう二度と会えないのも覚悟の上なんだな。」
「はい。わかっています。」
「この間まで本当に幼かったのに…」
 メグは顔を伏せた。
「でも、もう反対しても決めたのか、ジョン。」
 と夫の声は弱い。
「できれば、喜んで送り出してもらいたいです。」
 ギルバートはきょとんと兄ジョンの顔を見つめたままだ。
「あなた、反対しても無駄のようですわね。」
「しかし、親というものはいつまでも心配なものだ。」
「そうね。でも私達の息子ですから、どこへ行っても大丈夫でしょう。」
「メグは構わないのか…ジョンがもう会えなくても…」
「大人になったということでしょう。自分の事は自分で決める。」
「メグ…」
「私もここに移住してきましたからね。みなさんに親切にしていただいて。」
「そうだったかな。」
「ええ、きっとジョンも皆さんに親切にしてもらえるでしょう。」
「おかあさん。」
「私達はジョンの事をいつまでも思っています。二度と会えなくてもね。だから心配しないでお行きなさい。私達の大事な息子だから…必ず幸せになってね。」
「はい。」
「お兄ちゃん、お父さんもお母さんも僕がついているから大丈夫だよ。」
さすがにギルバートに言われるとジョンは弟を抱きしめた。
「いつ、出発するんだ。」
「あさって、船がくるそうです。」
「もう…早いのね。私は見送りには行きませんよ。」
「私とギルバートで行くから心配しなくていい。」
「では、準備をしなくては…」
 メグは立ちあがって部屋から出ていった。涙が止まらなくなったからである。

 旅立ちの朝、
 タラの港に1隻の船が着いていた。
 ジョンは父と弟の方を振り返る。リムの店の方にちらっと議長の服の母の姿が見えた。
「では、いってきます。お父さん、ギルバート」
「私達のことは心配しなくてもいい。だから身体には気をつけて。」
「これ、お母さんがお兄ちゃんに持って行きなさいって。」
 ギルバートはジョンになにやら手渡した。
「お母さん。」
 遠くにやはり母の姿があった。
「あれでも我慢しているのさ。近くによると行かせたくはなくなるから。」
「お父さん…」
「メグには私がいる。これからはジョンは新しい土地で素敵な彼女を早く見つけるのだな。」
「手紙書いてね。僕頑張って読むからね。」

 船に乗り込むとジョンと同じ年頃の男女が乗っていた。同じ移住者だろうか。
 ジョンは父と弟そして遠くに見える母にむかって手を振った。
 これから、新しい国に旅立って行く。


by アイリス

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