| 「本日をもって、諸君等は賢者の一人として認められることになる。先人達の名に恥じぬよう、立派な賢者として日々精進して欲しい」 魔法アカデミーの学長の訓示とともに、場内は拍手に包まれた。真新しいセージの服に、まだ違和感を感じつつも、私の心は高揚していた。 アカデミーの卒業生たちを囲む、お祝いに訪れた人達の中に彼の姿を見つける。目が合ったときに、彼が優しく頷いてくれた。私のことを認めてくれたような気がして、嬉しいやら気恥ずかしいやら、顔が赤くなるのを感じる。 今日、私はセージになった。 これまで漠然と、ウィザードになるのかなぁ、という程度の認識でいたマジシャンの頃の私を決定的に変えたのは、そう、彼なのだ。 その日、マジシャンの私はノーグロードにいた。 アーチャーの知り合いが、ジュノーとアインブロクの周辺に生息するジオグラファーという魔物が経験を積むのに良いという話をしていたのを聞いて、私もジュノーにやって来たのだ。しかし、私は不慣れであったジュノー付近の荒野を色々と探し歩いているうちに、とある洞窟の入り口付近でデビルリングの襲撃を受けてしまった。ポリン島で一度見かけたときのように、普段なら経験を積み重ねた冒険者によってすぐ退治されてしまうのだろうけど、その日は運悪くそのような冒険者がいなかったのだ。 その時、私はせっかく手に入れたばかりのテレポートクリップの力を使えば良いのに、パニックになって洞窟に逃げ込んだ。そして、見知らぬ洞窟の中に入ってすぐに、見たこともない大きな魔物に襲われた。引き返せばデビルリングがいる、と思った私はさらなるパニック状態になり、今度は止せば良いのにテレポートの力を使ったのだ。そして……―― 「……どうしよう」 その結果がこれである。何度か襲い掛かってきた魔物を相手に、これまで散々頼りにしてきたファイアーウォールの魔法で抵抗を試みたが、火山育ちの魔物に効果なんてあるわけもなく、修練を始めたばかりのフロストダイバーでは話にもならなかった。もう後はテレポートで逃げ回るばかりである。あらかじめ指定していた町に戻ることの出来るアイテム、蝶の羽は、肝心なときに持ってくるのを忘れる有様だ。 辺りは赤く輝く溶岩の海に、細々と連なる岩の道。灼熱の熱風に乗って、恐ろしい魔物の呻きが響く。噂には聞いていた、強力な魔物ばかりが生息するダンジョン、ノーグロード。その中に、まだマジシャンでしかない私がいる……。 死、という言葉が私の頭をよぎった。冒険者としてヴァルキリーの力を授かっている私たちは、しかるべき処置によって例え死んでも復活することは出来る。だけど、そのことは死の痛みがなくなることとは違う。マンティスの大鎌が振り下ろされたときの痛み、アルギオペの牙に噛みつかれたときの痛み、それらはすべて本物だ。 「……私、死ぬのかな」 その時、また新たに魔物が近寄ってきた。今度は赤い体毛の大熊だ。私は残り少ない精神力を振り絞り、テレポートで転移を行った。 「大丈夫かい?」 相次ぐテレポートの連発に疲れ、座り込んでしまった私を覗き込むように、一人の冒険者が声をかけてきた。だけどその声は、疲れきっていた私にとっては天からの救いの声に聞こえた。俯いていた顔を上げると、優しく微笑む男の人の顔が見えた。 「……あ、はい。ちょっと、迷い込んじゃって」 「やっぱりそうか。マジシャンが普通に来る事の出来るような場所ではないからね。帰れるかい?」 「……あの、その、蝶の羽忘れてしまって。それに出口のところに、強そうな敵がいて……」 「ああ。蝶の羽ねぇ。さすがに自分用に一つしか持ってきてないからなぁ」 「ごめんなさい……」 「君が謝ることでもないよ。ふむ、強い敵はラーヴァゴーレムかな?」 「あ、それは何だか、私には分からないです……」 「うん、まあそんなものか。でもまあノーグロードの主、ラーヴァゴーレムか……。まあ仕方ないか。よし、そろそろ切り上げようとしてたことだし、ジュノーまで連れて行くか」 「え?」 急なことできょとんとしていた私を、彼は少し笑いながら言う。 「ほら、ついてこないと置いていくよ。生きて帰りたいだろ?」 「あ、はいっ」 慌てて立ち上がる。絶望していた私に、生きて帰れるかもしれない、という希望が湧いてきた。 その時に、私は初めてセージの戦い方を目の当たりにすることになった。これまでの私は、ファイアーウォールの魔法で敵の攻撃を阻みながら他の魔法で攻撃するのがマジシャンの戦い方だと思っていたし、ウィザードやセージになってもそんなに変わらないと思っていた。 だけど、彼は全然違う。右手に強い魔力を感じる不思議な形の短剣を持ち、左手にガードを持って接近戦をするのだ。私には全然歯が立たない魔物相手に、彼はコールドボルトの詠唱をしながら巧みに敵の攻撃をかわし、短剣を振るう。赤毛の大熊グリズリーに短剣で果敢に斬りかかると、たちまちその傷跡にびっしりと氷が張る。火の玉のような魔物であるブレイザーの体当たりをひらりとかわし、その背後に短剣を向けると、途端にコールドボルトの魔法が飛んで魔物を打ち倒す。人型を模った炎の魔物カホには、これまで詠唱してきた魔法を解き放つと、あっという間に氷の矢で蜂の巣にしてしまった。 その姿を、私はじっと見つめていた。いや、見惚れていた、といった方がいいかもしれない。それくらい、彼の戦う姿は印象的だった。彼は私の視線に気付いて、少し照れた様子だった。そして私に、セージの扱う魔法である、フロストウェポンの魔法で武器に氷の力を付与することが出来ることや、オートスペルの魔法で低威力ならボルトの魔法が詠唱もなしに使うことが出来ること。フリーキャストの技術で、詠唱をしながらも他の行動を取ることが出来ることなどを説明してくれた。 そうして進んでいくうちに、ついに出口が見えてきた。 外界と火山を結ぶ、ガーゴイルの石像に守られた門。だけど、迷い込んできた時に私を襲ってきた魔物は、未だに門の手前にいた。ラーヴァゴーレム。活火山のダンジョンであるノーグロードが生み出した、熱い溶岩で出来た身体を持つ恐るべき魔物。取り巻きのようにブレイザーを二体従え、巨体をずしりずしりと響かせながら闊歩しているその姿は、ノーグロードの門を守る門番にも見える。 「倒さなきゃダメ、ですか……?」 彼とともに近くの岩の後ろから様子を伺いながら、私は問いかける。 「気付かれずに、ってのはちょっと難しいね。さすがにゴーレムは強いから、あまり相手にしたくないんだけど」 「ごめんなさい、私のせいで……」 「気にしない気にしない」 しゅんとした顔をしていた私に、そう言って彼は笑ってくれた。 「よし、ちゃっちゃと倒すか。君は隙を見て出口に走ってね」 「あ、はい」 そのまま彼はおもむろにラーヴァゴーレムの前に飛び出していった。 彼の姿に気付いた魔物が振り返る。すぐに彼はフロストダイバーの魔法をラーヴァゴーレムに浴びせかけた。恐らくすぐに熱で溶けてしまうだろうが、相手の足を凍りつかせて一時的な足止めをする。その間に飛んできたブレイザーに対して、彼は先程までと同じように剣と魔法で戦い始め、再びラーヴァゴーレムが彼に向かって歩み始めた時には、二体を倒してしまった。 すぐに彼は短剣を持ち直し、小さな盾を構えて身構える。巨体を揺らし、地響きを轟かせながら進むラーヴァゴーレムに対して、彼の姿はあまりに頼りなく見えた。 ゴーレムの巨大な腕が振り下ろされる。さすが、彼はひらりと身をかわし、逆に短剣で的確に攻撃をしていく。返す腕を後ろに跳び退って避けながら、短剣からの氷の矢と、唱えていた氷の矢を同時に撃ち込む。再びの攻撃をかわし、またも短剣で斬りつけていく―― 本来なら今のうちに出口へ逃げ出しておくべきなのだろうけど、私はそれが出来ずにいた。彼の戦いを少しでも長く目に焼き付けておきたかった。 ラーヴァゴーレムはさすがに強力な魔物だけあって、なかなか倒すことは出来なかった。彼は何度も何度も斬りかかり、コールドボルトを撃ち込んでいる。傍から見ているから分かるのかも知れないのだけれど、これでも最初の時よりも動きはだいぶ鈍ってる方なのだ。けれども、疲労しているという意味では彼も一緒だ。その疲労が隙を生んだのか、ついにラーヴァゴーレムの一撃が彼を捉えた。大きく吹き飛ばされ、岩に叩きつけられる。その衝撃でよろめいている彼を狙い、緩慢な動作ながら止めを刺すべくゴーレムがその大きな腕を振り上げた。その姿を見て、私は我を忘れて飛び出して叫んでいた。 「フロストダイバー!!」 まだまだ習得の初歩段階のため、威力なんてかけらもないが、それでも不意の攻撃にゴーレムが驚いてこちらを振り返ってくる。その不気味な瞳に見つめられて足がすくむ。だけど―― 「こ、今度は私が相手よっ!」 震える声と身体を無理やり抑え込みながら精一杯の強がりを叫ぶと、私はコールドボルトの詠唱を始める。 私の乱入にびっくりした様子の彼だったが、衝撃から立ち直るとすぐにフロストダイバーの魔法でゴーレムの気を再び引き付けると、私に合わせてコールドボルトの魔法を唱えながらの接近戦を再開した。 「いきます!さがって!」 私の声に彼はすぐに反応した。大きく後退すると、私の声に合わせて魔法を解き放つ。 『コールドボルト!』 ゴーレムの前後から、大量の氷の矢が降り注ぐ。腹の底に響くようなゴーレムの叫びが轟く。だけどそれは断末魔の悲鳴の様だった。少しずつラーヴァゴーレムの巨体が傾くと、ついには地面に倒れ、その身体が崩れ落ちていった……。 幸い洞窟の外にはデビルリングの姿は見えなかった。他の通りかかった冒険者の人が倒したのかもしれないし、ただ単にどこかに行ってしまっただけかもしれない。 青空の下に出て、白ポーションで彼の傷の手当てをして一息つくと、恐怖と緊張の糸が切れたせいか、私は泣き出してしまった。 生きて戻って来れたことが嬉しくて、彼の足手まといにしかならなかったことが悲しくて、私は泣き続けた。 彼は慰めの言葉を投げかけるわけでもなく、ただ優しく私の頭をなでてくれた。 彼のその優しさが嬉しくて、自分の力のなさが悲しくて、私は泣き続けた。 その日が、私がセージになろうと思った最初の日だった。 「翡翠、何ひとりでにやにやしてるの」 彼の声で私は我に帰る。 「えへへ、なんでもないでーす」 そういって笑ってごまかす。 「ウィリアム先輩、せっかくだからどこか遊びに行きましょう。最近はずっと勉学だったんで、身体鈍っちゃいますよ」 「ははは、まあアカデミーの卒業のためには仕方ないさ。で、どこに行きたいんだ?」 「んー、マジシャンの最後はスティング退治ばっかりだったんで、違うところがいいなぁ」 「遊びなのに狩りか。それはセージのスキルを試したいだけじゃないのか」 「そ、そんなことないですよー」 「どうだか」 そんな他愛のない話をしながら、私たちはジュノーの街を歩いていく。セージになってから歩く町並みは、マジシャンだった昨日までとまた違った感じがした。 それはまだスタート地点に立ったばかりに過ぎないのだけど、それでも私の心は嬉しさと誇らしさでいっぱいになっている。 今日、私はセージになった。 |